3話 カナリア・ローズブランド
「……眠い」
「開口一番それかよ」
入学式を終えた達也たちは今自分のクラスにいた。
クラスの面々は、 Aクラスということもあり、 見ただけで他の生徒とは別次元の実力を持っているのが伺えたがそれは所詮あくまで一般の生徒とはであり、 達也からすれば有象無象に他ならなかった。
「全く。 達也はもう少し人間関係を円滑にできないのか? このままだと確実にボッチ確定だぞ? 早乙女さんだって今は積極的に友人作りをしているようだし……」
翔の指を指した先には雪乃が男女関係なく談笑し合っていた。
雪乃は基本誰に対して公平に対応する。
ただそれは優しさからくるものでは断じてない。
彼女にとって人間は、 ただ情報を自身にくれる都合のいい駒としか考えていないからである。
そんな彼女の中での人間の評価は、 達也以上に酷かった。
なぜ彼女がそのようになってしまったかというとそれは彼女の容姿にあった。
端的に言えば彼女は、 幼少期の頃酷い酷いいじめにあっていたのだ。
彼女がいじめられていた理由は、 偏に彼女が美しすぎたのが原因であった。
事実いじめていた子供たちの中には彼女への好意を隠すためにいじめているものが大半を占めていた。
けれどそんな理由は、 いじめられていた本人にわかるものではなく、 彼女は唯ひたすらその理不尽に耐えていた。
その事について彼女自身親に訴えもしていたが、 彼女の両親は典型的な仕事人間であり、 彼女の言葉に耳を傾けることなどはなかった。
そんななか達也だけは彼女に救いの手を差し伸べた。
それが当時の雪乃にとってどれほど救いになったかは、 当の達也は知る由もなければ興味もなかった。
「……相変わらず外面だけは完璧だな」
「え? なんだって?」
「いや。 なんでもない。 それよりもお前もあの輪に入らなくていいのか? 多分雪乃の事だからお前の事もうまくあいつらに紹介してくれるんじゃないか?」
「う~ん。 俺はいいや」
「なんだ? お前は人に説教しておいて自分は、 やらないのか?」
「いやそう言うことじゃなくて。 俺はお前の事が放っておけないんだよ」
その言葉に達也は目を細める。
達也は人の甘い言葉を信じない。
そのため自然と翔の言葉に裏があるのではないかと思ったのである。
「おいおい、 そんな怖い目で見るなよ」
「なら今の言葉の意味を説明しろ」
「あのなぁ……友達の事を心配しちゃいけないのか?」
その言葉に達也は罰の悪そうな顔をする。
彼は友人という概念があまり理解できていない。
そんな彼も翔のことは、 一応自分の中では友人という概念に当てはまる人物としてはみなしていた。
翔は達也が人間に興味がないと知っていても尚達也に近づいてきたとても珍しい人間である。
そんな彼の事を実は達也も内心高く評価しており、 そんな彼との縁を達也自身大切にも思っていたりする。
そんな彼につい冷たい態度をとってしまうのは達也が人から好意といった感情を向けられるのに慣れていないからに他ならなかった。
「……そうか。 お前を疑うような事をして悪かった」
「.......珍しいな。 達也が俺に謝るなんて」
「単なる気まぐれだ。 気にするな」
「ふ~ん」
翔の顔は明らかに笑っていた。
達也はそんな翔のあからさまな表情に内心酷く苛立っていた。
「あ、 そう言えばカナリアさん。 凄い美人だったな」
翔はそう言うと先ほど入学式で代表挨拶をしていたカナリアの事についてひたすら語りだした。
達也にとってその話題はあまり面白くないものであった。
何せ彼と彼女は昔からの知り合い……いわば雪乃と同じ幼馴染と言える関係にあるのからある。
彼女の探している人物も必然的に達也の事を指しており、 あまり目立ちたくない彼からすればそれは非常に不味いことであった。
「にしても彼女が探している男の子って本当に誰なんだろうな」
「……知るか。 どうでもいい」
「まあお前には早乙女さんがいるしな」
「私がどうかしたの?」
先程までクラスメイト達と談笑していた雪乃であったが、 その話も先ほど終わり達也たちが自分の名前をだしたことに気になりそのまま向かってきたのである。
「お、 正妻登場。 よかったな達也」
「……黙れ。殺すぞ」
「おお、 怖い怖い」
「ええと……一体今はどういう状況なのかしら?」
「カナリアさんの事についてさっきまではなしてたんだよ。 まあこいつは早乙女さんに夢中で興味ないみたいだけど」
「そ、 そう……」
雪乃の顔はほのかに赤くなっており、 喜んでいるのが明らかにバレバレであった。
雪乃のその恋する乙女の様子に翔は悶絶しており、 そんな翔の事を達也は冷めた目で見ていた。
「にしてもカナリアさんまだ来ないのかな~」
入学式からそれなりに時間は経過しているがカナリアの姿はまだ教室になかった。
カナリアとお近づきになりたいと考えている生徒はクラス内でも非常に多く、 そのような考えを持つ者達の大半は、 何処か落ち着きのない様子であった。
「なんだお前は奴と仲良くなりたいのか?」
「そりゃあんな美人さんとはだれとでも仲良くしたいだろう」
「そんなもんか?」
「男はそんなもんだよ。 でもお前は可愛い可愛い彼女がいるんだから話しかけるのも禁止な」
「安心しろ。 俺も奴とはできる限り関わりたくない」
「それは酷いな~私はたっくんと会うためにわざわざ日本に来たのに~」
達也の耳元に今現在最も聞きたくない声が聞こえた。
その声が聞こえた瞬間達也は、 その場から瞬く間に離れようとする。
けれどそんな達也よりも早く何者かが彼に強く抱きつき、 達也は逃げ出すことを阻止されてしまった。
「……ぬかった」
「うわ~その言い方は酷い~でも許しちゃう~」
達也の背中には今達也が最も会いたくない人物であるカナリア・ローズブランドがはりついていた。
その様子に先ほどまで談笑していた翔は、 口を大きく開け呆けており、 雪乃は底冷えするような目でカナリアの事を見つめていた。
「……離れろ」
「い・や。 だって私はず~っとたっくんの事をこうして抱きしめたかったんだも~ん」
「お前の事情は知らん。 いいから離れろ」
「え~なんでそんなに嫌がるの? 私自分で言うのもなんだけどスタイル結構自身あるし胸も……」
そう言ってカナリアは達也に、 その豊満な胸を押し付ける。
これが健全な男子高校生なら嬉しいのだろうが達也からすれば女性の胸など所詮脂肪の塊としてしかとらえておらず、 むしろそんなものを押し付けられても不快としか感じなかった。
「……二度は言わない。 いいから離れろ」
達也は少し怒ったような声をだす。
カナリアも達也を喜ばせようと思ってこのような行為に及んだ。
それが逆に達也を怒らせる事になろうとは思ってはおらず、 ただ申し訳なさそうな顔をして達也から離れた。
「ねぇ達也。 これはどういうこと? もちろん説明してくれるわよね?」
雪乃の絶対零度の如く冷たい声に、 周りの人間は恐怖のあまり悲鳴を漏らす。
それは達也も例外でなく、雪乃が相当怒っているのを察し、 珍しく少し怯んだ表情を見せた。
「落ち着け雪乃。 俺とこいつは昔少し仲が良かっただけで何もない」
「ダウト‼ ちょっとたっくん‼ なんで嘘言うの‼ それにコイツじゃなくてカナちゃんでしょ‼︎」
「……へぇ。 あだ名で呼んでたんだ……ふ~ん……」
雪乃の圧力がさらに増す。
教室の中にはまるで吹雪が起きているのかと錯覚させるほど空気が冷え込んでいた。
達也も何度も雪乃に弁明の言葉を述べる。
だがそれも隣にいるカナリアのせいで雪乃にとって逆効果にしかならなかった。
そして最終的に達也が辿り着いた答えが……
「……すみませんでした」
土下座である。
雪乃とて達也が流石に人前で土下座をするとは思っていなかったのか珍しく慌てた様子を見せた。
そんな雪乃とは対照的に自分の好きな男の子を貶められたと感じたカナリアは雪乃に対して憤慨する。
「ちょっと貴方‼ たっくんに土下座なんてさせて最低‼」
「わ、 私だって達也がここまでするとは思ってなかったわよ‼」
そこから二人は達也を土下座の状態のまま放っておいて互いの事を罵り合い始めた。
周りの人間は、 その光景を見なかったものとし、 静かに自分の席へと着席していた。
心なしかクラスメイトの目はやつれている様に見えた。
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