一話 4月1日
「……もう達也。 ちゃんとしてよ。 今日は入学式なのよ?」
達也と呼ばれた少年からはおよそやる気と呼べるものは全く感じられず、 彼の黒色の髪には酷い寝癖がついていた。
そんな彼の容姿は普通の人と比べ少々整っている程度であり、 達也の隣を歩く女性とはとてもではないが釣り合っているとは言えなかった。
「……仕方ないだろう。 昨日一睡もしてないんだから」
達也は、 まだ眠そうな目を手でこすりながら隣の女性に向かってそう愚痴をこぼす。
「それは分かってるけど……」
達也のまるで子供のような言い分に女性は腹を立てることはなかった。
それどころかそんな仕草を可愛いとすら思ており、 彼女の顔は徐々に赤らんでいった。
「おーい‼ 二人とも‼」
一人の少年が達也たちの元へ手を振りながら向かってくる。
彼は髪を茶色に染めており、 耳にはピアスがついていた。
その為人によっては少々チャラい印象を与えるがその顔立ちは達也に比べてとても整っており、周りの女性の視線は皆彼へと向かっていた。
「なんだよ翔」
達也はまるで翔の事を汚物のような目線で見つめるが、 これは達也が彼の事を嫌っているから向けたわけではない。
達也は基本人間に興味がない。
その為興味のない人間が話しかけたところで反応すらしないのだ。
その点翔の声に達也は、 嫌そうでありながらも反応していた時点で翔は達也の中ではちゃんと一人の人間として認められているあたりまだましな方である。
「おいおい。 友達にその対応は流石に酷いんじゃないか?」
「いつどこで何時何分地球が何週したとき俺とお前が友達になったんだ?」
「そんな子供みたいな事言ってないで早く一緒に学校行こうぜ‼ あ、 早乙女さんおはよう‼」
「おはよう斎藤君。 貴方は朝から元気ね」
「まあ元気だけが取り柄だからな‼ にしてもお前は羨ましいよなこんな美人な幼馴染がいてさ」
翔が言うように達也の幼馴染の雪乃の容姿は同年代の女性の中でも飛びぬけていた。
白色の髪に、 真っ赤な瞳。 これはアルビノの典型的な症状である。
彼女も例にもれずそれに該当はしているが、 最近の科学技術の発展はすさまじくアルビノの人間は、 今では普通の人間と同じような生活を送るのにいたって遜色はなく、 むしろその特徴が彼女の美しさをより引き立てていた。
「なんだお前羨ましいのか?」
「そりゃ俺だって男だぞ。 そんな美しい人と四六時中一緒にいるお前を妬ましいと思ったことが今まで何度あったことやら。 前の学校でもお前に嫉妬の眼差しを向ける男子は少なくなかったんだぞ?」
「そうか」
「相変わらずお前は人に対して興味がないんだな」
「まあ私は達也のそんなところも好きよ。 だって浮気の心配する必要がないんだもの」
「はぁ……本当に二人は付き合っているんだな……甘すぎて吐きそう……」
「ん? ちょっと待て。 俺と雪乃って付き合っているのか?」
「は? 何を今さら言ってんだ? 二人は中一の頃から付き合っているんだろう?」
「……本当なのか雪乃?」
未だ事実だと理解できていないのか達也は、 なんの気なしに雪乃に尋ねる。
そんな彼らしい態度に愛おしさを感じつつも雪乃は、 自身の思いがまだ正確には達也に伝わっていないことを知り、 彼に対して愚痴りたい気分にもなる。
達也は自身に向けられている感情に鈍いわけではない。
その為達也も雪乃から好意を向けられている事自体には気づいている。
それでもその好意に対して興味を示そうとしないのは彼が偏に人間に対して微塵も興味がないからである。
雪乃自身も達也が人間に対して何の興味も抱いていないのは昔からよく知っている。
けれど雪乃は自身の思いを達也には伝えずにはいられなかった。
それほど自身では気づかないうちに達也の事を愛してしまっていいたのだ。
その人間に興味がないところさえも愛おしいと思えるほど彼女は彼の事を深く愛していたのだ。
「……そうよ。 私昔ちゃんと達也に告白したじゃない」
「……そうか」
その事に達也は少し複雑そうな表情を浮かべる。
達也も雪乃の事は大事に思っており、 彼女の望みはできる限りかなえてやりたいとも思っている。
だから彼女のお願いは今まで大した内容も聞かず了承してきた。
それが今仇となり、 自分は彼女の事を深く傷つけてしまったのではないかと考えてしまったのである。
「お前今まで自覚してなかったのか? 中学の頃皆あんなに騒いでたのに」
「……ああ」
「お前ってもしかして鈍感系男子?」
「いや普通だろう」
-ただ人間に興味がないだけで
その事が致命的だとは達也は微塵とも思ってはいない達也であった。
「……ねぇ達也。 あらかじめ言っておくけど今更別れるとかはなしよ。 もし別れるとか言ったらその時は達也の事殺すわよ?」
雪乃の声はとても冷たかった。
声だけではなく、 目もどこかすわっており、 達也の返答次第では本当に達也の事を殺してしまいかねなかった。
「……わかってる」
達也とてそのような事は、 微塵も考えてはいなかった。
雪乃が今の状況で満足している時点で達也は彼女と別れることのメリットは一切なかったからだ。
けれどそんな達也のあんまりな態度に流石の翔も呆れたのかため息を漏らす。
その翔のあからさまな態度に達也は少しムッとしたような表情を浮かべるが翔はそんな達也を無視して言葉を続ける。
「そう。 ならいいわ」
雪乃は達也の返事に納得したの声のトーンをもとに戻す。
だが翔だけはお節介だとは思いつつも二人の関係にどうにも納得がいかなかった。
「なぁ早乙女さん。 コイツの何処がいいんだ? 確かにコイツ運動も勉強もできるだけどそれ以外何もないだろう?」
「あら斎藤君。 そうでもないわよ。 確かに達也は、 端から見たら完全にダメ人間に見えるかもしれないけれどもとても優しいし、 私の事をとても愛してくれているもの」
雪乃はとてもきれいな笑顔を浮かべていた。
その微笑みは天使の微笑みと言われてもおかしくはなく、 その笑顔からは達也への深い愛情が伺えた。
そんな笑顔を見せられては翔もこれ以上雪乃に対して何も言えなくなってしまった。
「おい。 俺はダメ人間じゃないぞ」
「あら? 家事も何もできないあなたの世話を見てあげているのはどこの誰かしら?」
その言葉に達也は何も言い返さなかった。
達也の家には今現在達也一人しかいない。
そして達也は、 家の事は何もできないのである。
その為昔から達也の家の事は雪乃に任せてきたのだ。
そんな達也の悔しそうな表情に雪乃は楽し気に笑う。
そんな楽しそうに笑っている彼女を見て達也は、 とても彼女に対して不満など言えなくなってしまった。
「あ、 それと達也はとっても“床上手”よ」
その瞬間その場の空気が凍った。
先程までは、 暖かい目で見ていた通行人たちも達也の事を冷めた目で見ていた。
そして何よりも翔の変化が凄まじかった。
翔の顔は、 まるで沸騰したかの様に真っ赤になっていたのだ。
「お、 お前と早乙女さんってもうそんな関係……」
「そんなわけないだろう。 今のは雪乃なりの冗談だ」
「へ?」
「ごめんなさい斎藤君。 まさかそんなに驚かれるとは思っていなかったわ」
雪乃の謝罪を聞き、 翔の顔色はみるみる戻っていく。
そんな翔のあまりの初心さに流石の達也もため息をつかずにはいられなかった。
「全く雪乃。 コイツは見た目の割に初心なんだからそういう風にからかってやるよな」
「そうね。 でも私は達也が望むならいつでもそういう関係に……」
「雪乃。 女の子がそう言うこと言うもんじゃない」
達也の口調は少し怒っていた。
達也は普段怒ることはほとんどない。
彼が怒る理由のほとんどは雪乃の為であり、 雪乃はそれを知っているからこそ今回自分はやりすぎたのだと知り、 謝罪の言葉を口にした。
その態度に納得したのか達也は、 未だ壊れた翔の首根っこを掴みずるずると引きずりながら学校へと向かった。
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