奴隷エルフの奴隷
皐月 遊
第1話 「奴隷の少年」
ーーこの世界は、理不尽で溢れている。
人を人とも思っていないような理不尽な扱い。
力のある者が、力のない者にする理不尽な暴力。
金のない者は学校にすら通えない理不尽な世界。
…俺は、こんな世界が大嫌いだ。
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龍歴1505年。
ドラグレア王国の外れにある小さな街、リザリアで俺…ユウマ・クリードは奴隷としての生活を送っていた。
「またミスか貴様!! 掃除もまともにできぬのか!!」
そう言って、俺の背中を思い切り蹴るのは、奴隷商人と呼ばれているハードという男だ。
悪人ヅラでハゲなのが特徴だ。
俺は、この男が経営する奴隷売買の店に商品として売られている。
1000ドーラ。 これが俺の奴隷としての価値だ。
俺の人生は、1000ドーラの価値しかない。
「いいか!? 夕方までに綺麗に掃除しておけ! でないと飯抜きだからな!!」
「……どうせ掌より小さなパンだけだろ」
俺がボソっと呟くと、ハードは目に見えて怒りながら、俺の髪を掴む。
「文句か? 貴様には十分すぎるほどだろう? 死なない程度に飯を与えているんだ。 もっと感謝しろ!」
そう言って俺の頭を掴み、汚れた水の入ったバケツに俺の顔を突っ込んだ。
……あぁ、またこれか。 苦しい。 息が出来ない。
いっそこのまま死ねたらいいのに。
頭では死にたいと思うのに、俺の身体は息をしようと、生きようと勝手にもがく。
ハードが手を離し、バケツから顔を出すと、肺に一気に酸素が入ってきた。
ハードは咽せている俺を見下し、唾を吐き捨てて外へ出て行った。
「…ユウマ君…大丈夫?」
声のした方に顔を向けると、牢屋の中にいた長い茶髪の女の子が俺を見ていた。 彼女の名はアスラ。
親に産まれたばかりの頃に捨てらしい。
だから本名が分からないらしい。 アスラは俺がつけた名前だ。
アスラは、俺が奴隷になる前からこの店にいる。
「あぁ! 大丈夫大丈夫。 嫌な所見せてごめんな?」
俺はアスラに笑顔を返し、掃除を開始する。 俺とアスラは15歳。 この店では唯一の同い年だ。
俺は、7歳の時に奴隷にされ、アスラは0歳の時に奴隷にされた。
アスラは、親に売られたのだ。 金のために、アスラの親はアスラを売ったのだ。
「ユウマ君…あまりハード様に逆らわない方がいいよ? 本当に殺されちゃう…私達は…奴隷なんだよ?」
そう言って、アスラは自分の脚に付けられた足枷と、足枷から鎖で繋がれた先にある鉄球を見た。
俺の両脚にも同じ物が付いている。 掃除の時は鎖が長くされるが、外に出られるほどの長さはない。
鉄球はとても重く、頑丈だ。 これらのせいで、俺たちは自由を奪われている。
こんな絶望的な状況では、誰もが希望を失い、感情を無くしてしまう。
そういう奴らを、何人も見てきた。
「アスラ。 いつも言ってるだろ?」
そういう状況だからこそ……
「俺は奴隷だけど、心まで奴隷になる気はねぇ。
いつか必ずこの場所を出て、奴隷なんて物をこの世から消してやる」
俺が、そういう奴らの希望になるんだ。
奴隷という物をこの世からなくして、皆平等に暮らせる世界を作るんだ。
「ふふ…ユウマ君は凄いね」
「あ、信じてねぇな? 俺は本当にやるぞ?」
「大丈夫大丈夫。 信じてるよ」
そう言ってアスラは笑顔になる。
…いつか、この笑顔のアスラと2人で、外の世界を自由に………
「奴隷番号23番。 ユウマ・クリードを、表へ来い。 貴様を見たいと言うお客様が来た」
俺の思考を遮り、ハードが扉を開けた。
アスラは勿論、他の奴隷達もざわめき出す。
奴隷を見たいと言う客が来るという事は、俺は…売却されるかもしれないと言う事だ。
「……は? …俺を…?」
「そうだ。 喜べ! 奴隷になって8年間、初めて貴様に興味を持ったお客様が来たぞ!
お相手は冒険者様だ! エルフの奴隷を連れて居たから金はあるだろうなぁ! くくく…!」
ハードがニヤついた悪い笑みを浮かべ、奴隷商人の手下が俺の手に手錠をはめ、足枷の重りをはずす。
手錠に着いた鎖をハードが引っ張り、ゆっくりと店の表に向かっていく。
嘘だろ…? 俺が売られる…? 嫌だ…俺にはここを脱出して、この世界を変えるっていう夢が…!!
「…嫌だ…離せこの野郎!!」
俺は、その場で力の限り暴れる。奴隷商人の手下に頭突きをし、ハードにタックルをする。
2人が地面に倒れると、俺は扉の方へ走る。
鍵…! 手錠の鍵と牢屋の鍵! それさえ見つければハード達を全員殺して…!
「この…! クズ奴隷が!! グラビティ!!!」
突然、俺の身体が重くなり、地面に倒れる。
身体が全く動かない。
…くそっ…あのハゲ…魔法使えるのかよ…この8年間、見た事も無かったのに…
「くそ…くそっ…! くそおおおおおっ!!!!」
俺は自分の無力さを恨んだ。
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あれから、俺は再びハードに連れられ、店の表へ来た。
もう、抵抗する気力は残っていない。
表へ出ると、2人の男女が立っていた。
1人はクリーム色の髪の優しそうな男だ。
…まぁ、こんな店に来る時点で優しいわけないか。 見た目は信用出来ねぇな。
腰には剣を差してるし、いかにも冒険者ってかんじだな。
もう1人は金髪の長い髪のキツそうな女だった。
よく見ると、耳は尖っていて、首には黒い首輪がしてある。
なるほど、ハードが言っていたエルフの奴隷か。
エルフは数が少なく、希少な存在として奴隷にされる事が多い。
美しく、強い事から値段が高いのだ。
そんなエルフを連れているのだから、きっとこの男は金持ちなんだろう。
「そちらが、ユウマ・クリードさんですか?」
冒険者の男が口を開くと、ハードは気持ち悪い営業スマイルをして口を開く。
「はい! こちらの奴隷は若く、元気があります! 冒険者の荷物持ちなどには最適かと!」
「ふむ…」
「しかも1000ドーラとお安いお値段! 当店一のオススメ商品となっております!」
「だってさ? どうするの? エリサ」
そう言って冒険者の男はエルフを見る。
…ん? なんでエルフを見るんだ?
エルフは、俺の事を下から上までジッと見つめる。
…なんか緊張するな…
「…質問いい? 貴方、怪我をしてるよね、それもついさっき。 何があったの?」
「そ、それはですねぇ!」
「貴方には聞いていません。 私が聞いてるのは貴方だよ。 ユウマ・クリード君」
そう言って、エルフは俺の目を見る。 吸い込まれそうな綺麗な青い瞳だ。
そんな瞳を見ながら、俺は自然に先程の出来事を話してしまっていた。
「なるほど…抵抗したんだね」
さっきからハードが俺を睨んでいる。
エルフは、冒険者の男を一瞬見てから、俺の方をもう一度見る。
「決めました。 私、この奴隷を買います」
「…えっ…」
「えっ…あっ! お、お買い上げ、ありがとうございます!! 1000ドーラになります!」
エルフはバッグから袋を取り出し、ハードに渡す。
「多分1000ドーラ以上入ってると思いますが、お釣りはいりません。 ご主人様、早く行きましょう?」
「ん? あ、あぁ。 それじゃあエリサは先に出ててよ。 僕はユウマ君の手続きがあるからさ」
冒険者の男がそう言うと、エリサは店の外へ出て行った。
その後、俺は足枷と手錠を外され、あのエルフの奴隷の証である黒い首輪を付けられた。
この首輪は、奴隷の持ち主の任意で爆発する。
つまり、俺はもう逃げられないのだ。 逃げようとしたら首輪を爆破され、俺は一瞬で死ぬだろう。
「ありがとうございましたぁ〜!」
ハードの気持ち悪い笑みを背中に、俺は8年ぶりの外へ出た。
8年ぶりの日光が眩しすぎて、俺は8年思わず目を閉じた。
ゆっくり目を開けると、目の前にはクリーム色の男と金髪のエルフ女が立っていた。
店から少し離れた所にある広場に行くと、突然2人が振り返り、俺の方を見た。
「僕はレクト・カインズ。 君の主人の…主人? かな。 よろしくね」
「私はエリサ。 見ての通りエルフだよ。 ご主人様の奴隷で、ユウマ君の主人! よろしくね!」
そう言って、2人は俺に笑顔を向けてくる。
…何故奴隷に笑顔を向ける?
普通は冷たく接するんじゃないのか…?
そしてなんだ、俺は奴隷エルフの奴隷なのか? 何故このレクトという男は自分の奴隷に奴隷を与えた?
……ダメだ。 分からない。 こいつらの真意はなんだ? それが分かるまでは、馴れ合いはなしだ。
「…そういうの、いいんで。 俺は何をすればいいですか? 荷物持ち? 靴磨き? サンドバッグ?」
「いや…ユウマ君、私達はね?」
「馴れ合いとか興味ないです。 そもそも、奴隷と主人が仲良く出来るわけないでしょ。
あんた…エリサだっけか? 貴女騙されてる事に気付いてないでしょ? 今は優しそうな顔してるけど、裏では何考えてるか分かりませんよ?」
「ご主人様を悪く言わないで」
「あー、なるほど。 もう洗脳済みかぁ。 優しい顔してゲスい事するなぁ〜レクトさんは。
魔法かなんか使ったんで…」
そこまで言うと、エリサに頬を叩かれた。
エリサを見ると、エリサは顔を真っ赤にして涙目になっていた。
「もう一度言うよ…ご主人様を、悪く言わないで。 私は洗脳なんてされてない。 私は、私の意思でご主人様に従ってるの」
「……なんだよ。 お前も奴隷だろ…? 自分の意思? 奴隷にそんな権利ないだろ… 」
「ご主人様は、他の人間とは違う」
「……まだ、信用出来ねぇ」
俺がそう呟くと、エリサはニコリと微笑んだ。
「"まだ"…か。 うん。それでいいよ。 ご主人様、すみません。 お話をどうぞ」
「うん。 それで、ユウマ君。 僕が君を買ったのは、ある理由があるんだ」
俺は、無言でレクトを見る。
「僕は、この世界を変えたい。 この世界は理不尽で溢れてるんだ。 君もそう思うだろ?」
「っ!?」
なんで…? この男は、俺と同じ考えを…?
「僕の夢は、世界の人々が平等に暮らせる世界。
その世界には、奴隷は要らない」
レクトは、俺の目をジッと見る。 金色の綺麗で強い瞳だ。 全く揺らいでいない。
「ユウマ君。 君、クリード一族の生き残りだよね? あのハードって男は知らなかったみたいだけど」
「っ! なんでそれを…」
クリード一族。 今から8年前に一族ごと殺された魔の一族の名だ。
クリード一族は狩りに特化した一族で、並外れた運動能力と、生存能力を持つ。
一部の地域では、"人間の姿をした獣"と言われ恐れられてきた。
数は多くはなかったが、その一族の能力に恐れた当時の王は、クリード一族を褒賞すると嘘をつき、全員を一箇所に集め、複数の魔法使いの炎の魔法で全員を焼いたという。
これが、クリード一族の最後だ。
………その日、親の言いつけを無視して、幼馴染の友達と村の外に散歩をしに行っていた7歳の俺と、その友達を除いてな。
「最初は驚いたよ。 でも、特徴がピッタリなんだ。 黒髪に赤い眼。
まさか、こんな街にクリード一族の生き残りをが居たなんて…ってね」
「…なるほど。 つまり貴方は俺の能力が目当てってわけだな?」
「それもある。 だけど、1番は君の気持ち次第だ。 君は一族を殺された恨みを持っているはずだ。
その恨みを、怒りを、この世界を変えるために使ってくれないか?」
確かに、一族殺された事に恨みはある。 親も殺されたから当時は沢山泣いたし、絶望もした。
だが、その恨みをはらすまえに奴隷にされてしまった。
その恨みを…この男ははらさせてくれるのか。
「ユウマ・クリード君。 君の力を貸してほしい。
奴隷と主人ではなく、対等な仲間として、僕達と、世界を変える旅をしないか?」
そう言って、レクトは俺に手を差し伸べてきた。
俺は、この8年間、あの薄暗い空間を出る事だけを考えてきた。 だが、脚に枷がはめられ、足枷の先には重い鉄球があった。
そのせいで、脱出は出来なかった。
…だが今、足枷はない。 鎖もない。 鉄球もない。
俺を縛り付ける物は…なにもない。
そして、目の前には、俺と同じ考え、同じ夢を持つ男がいる。
その男に、世界を変える旅に誘われている。
ならば、俺の出す答えは1つしかない。
俺は、レクトの差し出した手を強く握った。
「俺の名前は…ユウマ・クリード! 俺と同じ夢を持つレクトに協力する!!
だから、俺を仲間にしてくれ!!」
「…! …うん! 一緒に頑張っていこう!」
俺は、レクトの手を離し、レクトとエリサに頭を下げる。
「…さっきはごめん! 2人の事を疑ってた。 悪く言ってごめんなさい」
すると、エリサが俺の頭を撫でてくる。
「うん! もう大丈夫だよ! ユウマ君、これからよろしくね! 私の事はお姉ちゃんだと思ってくれていいから!」
「ま、そういうエリサも最初の頃は僕の事を疑ってたんだけどね〜」
「なっ…!? ご主人様! その話はやめて下さい!!! 」
「ははは…」
涙目でレクトに寄っていくエリサを見て、俺は苦笑いする。
……奴隷になって8年目、ようやく、俺の人生が動き出した。
奴隷エルフの奴隷 皐月 遊 @bashi
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