65『目付』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・65   


 



『目付』



「……という訳で、ご両人がビデオを編集して理事会にかけ、貴崎先生のご決心が硬いと判断したわけなんです。理事の方に放送関係の方がおられましてな、編集の仕方が不自然だと申し出られ……むろん元のメモリーカードの情報は消去されておりましたが、パソコンにデータが残っておりました。このお二人がやったこととは言え、監督責任はわたしにあります。この通りです。この年寄りに免じて、許してやってもらえませんかな」

 理事長が頭を下げた。

「お二人には罪はありません。最初から罠……お考えは分かっていましたから」

「貴崎先生……」

 理事長は驚き、お祖父ちゃんは苦い顔。校長と教頭は鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。


「こうでもしなきゃ、責任をとることもできませんでしたから……理事長先生が祖父の名前を口にされたときに予感はしたんです。祖父が介入してくると」

「そりゃ違うぞ、マリ。ワシは確かに乃木高の運営に関わってはおる。それは親友の高山が困っておったからじゃ」

「いや、恥を申すようですが。乃木高の経営は、いささか厳しいところにきておりました。文科省の指導に乗らんものですからなあ」

「いや、そこが彦君の偉いところだ。今の文科省の方針で学校を経営すれば、品数だけが多いコンビニのようになる。なんでも揃うが、本物が何一つない空疎な学校にな」

「しかし、貧すれば鈍す。倉庫の修繕一つできずに火事まで出してしまった」

「あれは、わたしの責任です。他にも責任をとらなければならないことが……これは、わたしの考えでやったことです。校長、教頭先生は、いわば逆にわたしが利用したんです」

「マリ、ワシはおまえが責任をとって辞めることに反対などせん。その点、彦君とは見解が違うがの」

「え……じゃあ、なんであんな見え透いたお目付つけたりしたの!?」


 その時、当のお目付がお茶を運んでやってきた。


「失礼します」

「史郎、ここに顔を出しちゃいかんと……」

 お祖父ちゃんがウロタエるのがおもしろかった。

「旦那さまには、内緒にしてきましたが。お嬢さまは、とっくに気づいておいででした」

「マリ……」

 お祖父ちゃんは目を剥いた。校長とバーコードは訳が分かっていない。理事長は気づいたようだ。

「君は、演劇部の部長をやっていた……峰岸君だな」

「はい。本名は佐田と申します。入学に際しては母方の苗字を使いましたが」

「顔はお母さん似なんだろうけど、雰囲気はお父さんにそっくりなんだもん」

「入部して、三日で見抜かれてしまいました」



 峰崎クンのお父さんは、佐田さんといって、お祖父ちゃんの個人秘書。


 元警視庁の名刑事。ある事件で捜査の強引さをマスコミに叩かれて辞職。その人柄に惚れ込んで、お祖父ちゃんが頼み込んで個人秘書になってもらった。峰岸君は、そのジュニアだ。

 お祖父ちゃんの周囲は、こういう峰岸くんのお父さんのような変わり種が多い。

 あの運転手の西田さんも……ま、それは、これからのお楽しみということで。

「峰岸クンの前任者は、卒業まで分からなかったから。ちょっと警戒してたしね」

 ちなみに、前任者は運転手の西田さんのお孫さん。堂々と西田の苗字で入学、演劇部じゃ、いいバイプレイヤーだった。

 卒業式の前日に首都高を百キロの大人しいスピードで走っていたら、うしろからパッシングされてカーチェイス。レインボーブリッジの手前で、一般道に降りてご挨拶。

「あんた、なかなかやるわね……」

「あんたのほうこそ……」

 サイドウィンドウを降ろして、こっちを向いたその顔が彼女……西田和子だった。


「なあマリ、こうして彦君も、校長教頭も来てくださったんだ。そろそろ曲げたヘソを戻しちゃくれんかね」

「乃木高に戻れってことですか……それをやったら、『明朗闊達、自主独立』乃木高建学の精神に反します」

「ごもっとも。しかし……」

 理事長の言葉をさえぎって、わたしは続けた。お祖父ちゃんがもっとも嫌がる言い方。

「校長先生、式日の度におっしゃいますね。『明朗闊達』であるためには後ろめたくあってはならない。『自主独立』であるためには、責任の持てる人間でなくてはならない。生徒にさえ、そう要求されるんです。教師には言わずもがなであると思います」

 校長と教頭はうなだれた。理事長は、じっと見つめている。お祖父ちゃんは顔が赤くなってきた。

「わたしは、これでもイッパシの教師なんです……」

「イッパシの教師だと。つけあがるなマリ!」

「なんだってのよ。お祖父ちゃんの知ったこっちゃないわよ!」

「今度の二乃丸高校も自分の才覚で入ったと思っとるだろ。この彦九郎が、八方手を尽くしてお膳立てをしてくれたからこそのことなんだぞ!」

 

 ……心臓が停まりそうになった。


「淳ちゃん……」

 理事長が、間に入ろうとした。

「ワシは、マリを木崎産業の三代目にしようとは思わん。社長の世襲は二代で十分だ。しかしマリにはイッパシの何かにはなって欲しい。その為に付けた目付じゃ……しかし、今のマリはイッパシという冠を付けるのには、何かが足らん」

「お祖父ちゃん、わたしだってね……」

「二乃丸じゃ、演劇部員を半分にしちまったってな。今は……」

「五人です。そのうち三人が年明けには辞めます」

 峰崎クンが答えた……わたしにはコタエた。

 しばらく問答が続いた。

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