64『我が家』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・64   


 

『我が家』





 七年ぶりの「我が家」が見えてきた。


 遠くから見ると林のように見える。



 やや近づくと、木の間隠れに地味な三州瓦の屋根が見えてくる。



 側によると、幅二十センチ、高さ三メートルぐらいのコンクリートの板が二センチ程の間隔を開けて並べられ、それが塀になっている。



 コンクリートといっても、長年の年月に苔むし、二センチの間隔が開いているので威圧感はない。

 二センチの隙間から見える「我が家」は適度に植えられた木々によって、二階の一部を除いて見えないようになっている。

 わたしが生まれる、ずっと前に建てられた「我が家」は、なるべく小さく、なるべく目立たないことをコンセプトに、ひっそりと周りの景観に溶け込んでいる。



 ガキンチョのころに、関西から著名な歴史小説家が、出版社の企画でお祖父ちゃんと対談しにきたことがある。



「まるで蹲踞(そんきょ=偉い人の前で、しゃがんでする礼)した古武士のようですなあ……」

 そう言われたことが、ひどく嬉しかったみたい。

 何にでも興味のある少女であったわたしは、偶然を装ってその人に挨拶をした。

「お孫さんですか?」

 一発で正体がバレてしまった。

「おちゃっぴいですわ」

 お祖父ちゃんは、一言で片づけようとした。でも、その人はわたしの顔を見てしみじみと、こう言った。

「おちゃっぴいでけっこう。いろんなことに興味をお持ちなさいな。お嬢ちゃんは、とても賢そうな目をしていらっしゃる。賢い人というのは一つのことに囚われすぎることが多い。せいぜい、お喋りしまくって、多少抜けた大人におなりなさい」

 その後ろで、お祖父ちゃんが大笑いしていた。

 おおよその意味は分かったけど、できたら、その人に会って、もう一度話してみたかった。

 でも、その人は十数年前に亡くなられた。


 そんな思いに耽っていると、入り口の前についた。



「我が家」は、その規模の割に門が無い。



 間口二メーターほどの入り口。その上に申し訳程度の屋根がついているところ門と言えなくもないけど。小学生十人ほどを集めて質問したとする。

「これは何ですか?」

「はーい、入り口でーす!」

 その程度のもの。

 車は専用の入り口がある。五メートルほどの塀が電動で動く仕掛けになっている。

 ここから家の中にも入れるが、「我が家」は、入り口から出入りすることがシキタリになっている。


「あ、まだこんなの掛けてんの!?」


「はい、無頓着なようにも思えますが、旦那さまのこだわりと心得ております」

 西田さんが、入り口を開けてくれた。

 こんなものとは、表札のこと。わたしが小学校の図工の時間に作った木彫りの表札。

 その表札は「貴崎」とはなっていない。

「木崎」……となっている。



「やあ、お邪魔しております」



 教室二つ分ほどのリビングには意外な人たちが揃っていた。今の声が理事長。



「そ、その節は……」

「ま、ま、まことに申し訳なく……」

 最初のが、校長先生。

 後の方が、バー……教頭先生。むろん乃木坂学院高校のね。

「直立不動にならないでください。どうぞお掛けになって……」

「いえ、先生のお許しを得るまでは……」

「いやあ、このお二人がどうしてもと、おっしゃるんでご同道いただきました。ま、お二人ともお掛けになって」

「いえ、いえ、やはり貴崎先生の……ね、校長先生」

「そんな、目上の方を立たせたままじゃ、わたしが座れません」

「いや……しかし」

「度の過ぎた謙譲は追従と同じですよ。いや、それ以下だ。ご両人はまだ自分でなさった事の意味が分かっておられん!」

 珍しく、理事長が色をなした。

「まあ、落ち着けよ彦君」

「やあ、すまん。俺としたことが」

 そこで、わたしが座り、やっと二人も座ってくれた。

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