47『匂いの正体が分かった』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・47   






『匂いの正体が分かった』



 茶の間に入って、匂いの正体が分かった。


 真ん中の座卓の上ですき焼きが頃合いに煮たっている。

 その横の小さいお膳の上でタコ焼きが焼かれていた……そして、かいがいしくタコ焼きを焼いているその人は……。


「はるかちゃん……!」

「……まどかちゃん!」


 ハッシと抱き合う幼なじみ。わたしは危うくタコ焼きをデングリガエシする千枚通しみたいなので刺されるとこだった……これは、感激の瞬間を撮っていたお父さんのデジカメを再生して分かったこと。

 みんなの笑顔、拍手……千枚通しみたいなのが、わたしが半身になって寄っていく胸のとこをスレスレで通っていく。お父さんたら、そこをアップにしてスローで三回も再生した!

 半身になったのは、茶の間が狭いから。思わず我を忘れて抱き合ったのは、お父さんがわたしにも、はるかちゃんにもナイショにして劇的な再会にしたから。

 これ見て喜んでるオヤジもオヤジ。

「まどかの胸が、潤香先輩ほどあったら刺さってた」

 しつこいんだよ夏鈴!


 もし刺さっていたら、この物語は、ここでジ・エンドだわよ!


 すき焼きの本体は一時間もしないうちに無くなちゃった。半分以上は、わたし達食べ盛り四人でいただきました。

「さて、シメにうどん入れてくれろや」

 おじいちゃんが呟く。

「おまいさんは、日頃は『うどんなんて、ナマッチロイものが食えるか』って言うのに、すき焼きだけはべつなんだよね」

 おばあちゃんが、うどんを入れながら冷やかす。

「バーロー、すき焼きは横浜で御維新のころに発明されてから、シメはうどんと決まったもんなんだい。何年オイラの女房やってんだ。なあ、恭子さん」

 振られたお母さんは、にこやかに笑っているだけ。

「お袋は、そうやってオヤジがボケてないか確かめてんだよ」

「てやんでい、やっと八十路の坂にさしかかったとこだい。ボケてたまるかい。だいたい甚一、おめえが還暦も近いってのに、ボンヤリしてっから、オイラいつまでも気が抜けねえのよ」

「おお、やぶへび、やぶへび……」

「はい、焼けました」

 はるかちゃんが八皿目のタコ焼きを置いた。

「はるかちゃんのタコ焼きおいしいね」

 お母さんが真っ先に手を出す。

「ハハ、芋、蛸、南京だ」

 おじいちゃんの合いの手。

「なんですか、それ?」

 夏鈴が聞く。

「昔から、女の好物ってことになってんの。でも、あたしは芋と南京はどうもね……」

 おばあちゃんの解説。里沙が口まで持ってきたタコ焼きを止めて聞く。

「どうしてですか。わたし達、お芋は好きですよ」

「そりゃ、あんた、戦時中は芋と南京ばっかだったもの」

 ひとしきり賑やかにタコ焼きを頂きました。

 はるかちゃんが一番食べるのが早い。さすがに、タコ焼きの本場大阪で鍛えただけのことはある。

 そうこうしてるうちに、おうどんが煮上がって最後のシメとなりました。


「じゃ、ひとっ風呂入ってくるわ。若え女が三人も入ったあとの二番風呂。お肌もツヤツヤってなもんだい。どうだいバアサン、何十年かぶりで一緒に入んねえか?」

「よしとくれよ。あたしゃこれからこの子たちと一緒に健さん観るんだよ」

 おばあちゃんが水を向けてくれた。

「え、茶の間のテレビで観てもいいの?」

 それまで、食後は、わたしの部屋の22型のちっこいので観ようと思っていた。それが茶の間の52型5・1チャンネルサラウンド……だったと思うの。ちょっとした映画館の雰囲気で観られるのだ!

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