42『マッカーサーの机』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・42   


『マッカーサーの机』




 で、この『竜頭蛇尾』は言うまでもなくクラブのことなんだ……。


 あの、窓ガラスを打ち破り、逆巻く木枯らしの中、セミロングの髪振り乱した戦い。

 大久保流ジャンケン術を駆使し、たった三人だけど勝ち取った『演劇部存続』の勝利。

 時あたかも浅草酉の市、三の酉の残り福。福娘三人よろしく、期末テストを挟んで一カ月はもった。

 公演そのものは、来年の城中地区のハルサイ(春の城中演劇祭)まで無い。

 とりあえずは、部室の模様替え。コンクールで取った賞状が壁一杯に並んでいたけど、それをみんな片づけて、ロッカーにしまった。

 三人だけの心機一転巻き返し、あえて過去の栄光は封印したのだ。

 テーブルに掛けられていた貴崎カラーのテーブルクロスも仕舞おうと思ってパッとめくった。


 息を呑んだ。クロスを取ったテーブルは予想以上に古いものだった……わたしが知っている形容詞では表現できない。


 わたし達って言葉を知らない。感動したときは、とりあえずカワイイ(わたしはカワユイと言う。たいした違いはない)と、イケテル、ヤバイ、ですましてしまう。たいへん感動したときは、それに「ガチ」を付ける。

 だから、わたし達的にはガチイケテル! という言葉になるんだけど、そんな風が吹いたら飛んでいきそうな言葉ではすまされないようなオモムキがあった……。

 隣の文芸部(たいていの学校では絶滅したクラブ。それが乃木高にはけっこうある。わたし達も絶滅危惧種……そんな言葉が一瞬頭をよぎった)のドアを修理していた技能員のおじさんが覗いて声をあげた。

「それ、マッカーサーの机だよ……こんなとこにあったんだ」

「マックのアーサー?」

 夏鈴がトンチンカンを言う。

「戦前からあるもんだよ……昔は理事長の机だったとか、戦時中は配属将校が使って、戦後マッカーサーが視察に来たときに座ったってシロモノだよ。俺も、ここに就職したてのころに一回だけお目にかかったことがあるんだけどさ、本館改築のどさくさで行方不明になってたんだけどね……」

 おじさんの説明は半分ちかく分からないけど、たいそうなモノだということは分かる。

「ほら、ここんとこに英語で書いてあるよ。おじさんには分かんねえけどさ」

「どれどれ……」里沙が首をつっこんだ。

「Johnson furniture factory……」

「ジョンソン家具工場……だね」

 わたし達にも、この程度の英語は分かる。


 技能員のおじさんが行ってしまったあと。そのテーブルはいっそう存在感を増した。

 テーブルは、乃木高の伝統そのものだ。貴崎先生は、その上に貴崎カラーのテーブルクロスを見事に掛けた。

――さあ、どんな色のテーブルクロスを掛けるんだい。それとも、いっそペンキで塗り替えるかい。貴崎ってオネーチャンもそこまでの度胸は無かったぜ。

 テーブルに言われたような気がした。


 結局、テーブルには何も掛けず、造花の花を百均で買ってきて、あり合わせの花瓶に入れて置いた。それが、殺風景な部室の唯一の華やぎになった。

――ヌフフ……百均演劇部の再出発だな。

 憎ったらしいテーブルが方頬で笑ったような気がした。


 貴崎先生のテーブルクロスは洗濯して中庭の木の間にロープを張って乾かした。

 たまたま通りかかった理事長先生が、こう言ったのよね。

「おお、大きな『幸せの黄色いハンカチ』だ、君たちは、いったい誰を待っているんだろうね」

「は……これテーブルクロスなんですけど」

 と、夏鈴がまたトンチンカン……て、わたしも里沙も分かんなかったんだけどね。

「ハハハ、その無垢なところがとてもいい……君たちは、乃木坂の希望だよ」

 理事長先生は、そう愉快そうに笑いながら後ろ姿で手を振って行ってしまわれた。


 晩秋のそよ風は涙を乾かすのには優しすぎたけど、木枯らし混じりの冬の風は、お日さまといっしょになって、テーブルクロスを二時間ほどで乾かしてしまった。

 それをたたんで、ロッカーに仕舞っていると、生徒会の文化部長がやってきた。

「あの……」

 文化部長は気の毒そうに声を掛けてきた。

「なんですか?」

 里沙が事務的に聞き返した。

「部室のことなんだけど……」

「部室が……」

 そこまで言って、里沙は、ガチャンとロッカーを閉めた。気のよさそうな文化部長は、その音に気後れしてしまった。

「部室が、どうかしました?」

 いちおう相手は上級生。穏やかに間に入った。夏鈴はご丁寧に紙コップにお茶まで出した。

「生徒会の規約で、年度末に五人以上部員がいないと……」

「部室使えなくなるんですよね」

 里沙は紙コップのお茶をつかんだ。

「あ……」

 わたしと夏鈴が同時に声をあげた。

「ゲフ」

 里沙は一気に飲み干した。

「あ、分かってたらいいの。じゃ、がんばって部員増やしてね……」

 文化部長は、ソソクサと行ってしまった。

「里沙、知ってたのね」

「マニュアルには強いから……ね、稽古とかしようよ」

 八畳あるかないかの部室。テーブルクロスが乾くうちにあらかた片づいてしまった。

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