43『そのボール拾って!』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・43   


『そのボール拾って!』



 ここらへんまでが、竜頭蛇尾の竜の部分。


 考えてもみて、たった三人の演劇部。それもついこないだまでは、三十人に近い威容を誇っていた乃木坂学院高等学校演劇部。発声練習やったって迫力が違う。グラウンドで声出してると、ついこないだまでの勢いがないもんだから、他のクラブが拍子抜けしたような目で見てる。最初はアカラサマに「あれー……」って感じだったけど、三日もたつと雀が鳴いているほどの関心も示さない。

 わたし達は、もとの倉庫が恋しくて、ついその更地で発声練習。ここって、野球部の練習場所の対角線方向、ネットを越した南側にはテニス部のコート。両方のこぼれ球が転がってくる。

「おーい、ボール投げてくれよ!」

 と、野球部。

「ねえ、ごめん、ボール投げて!」

 と、テニス部。

 最初のうちこそ「いくわよ!」って感じで投げ返していたけど、十日もしたころ……。

「ねえ、そのボール拾ってくれる!?」

 と、テニス部……投げ返そうとしたら、こないだまで演劇部にいたA子。黙ってボ-ルを投げ返してやったら、怒ったような顔して受け取って、回れ右。

「なに、あれ……」

「態度ワル~……」

「部室戻って、本読みしよう」

 フテった夏鈴と里沙を連れて部室に戻る。


 わたしたちは、とりあえず部室にある昔の本を読み返していた。

「ねえ、そのボール拾って!」

「またぁ……違うよ、それ夏鈴のルリの台詞」

 里沙の三度目のチェック。

「あ、ごめん。じゃ、夏鈴」

「……」

 夏鈴が、うつむいて沈黙してしまった。

「どうかした……ね、夏鈴?」

 夏鈴の顔をのぞき込む。

「……この台詞、やだ」

 夏鈴がポツリと言った。

「あ、そか。この台詞、さっきのA子の言葉のまんまだもんね」

「じゃ、ルリわたし演るから、夏鈴は……」

「もう、こんなのがヤなの」

「夏鈴……」

 演劇部のロッカーにある本は、当然だけど昔の栄光の台本。つまり、先代の山阪先生とマリ先生の創作劇ばっかし。どの本も登場人物は十人以上。三人でやると一人が最低三役はやらなければならない……どうしても混乱してしまう。

 じゃあ、登場人物三人の本を読めばいいんだけど、これがなかなか無い……。

 よその学校がやった本にそういうのが何本かあったけど、面白くないし……抵抗を感じる。


 竜頭蛇尾の尾になりかけてきた……。


「ね、みんなで潤香先輩のお見舞いに行かない。明日で年内の部活もおしまいだしさ」

「そうね、あれ以来お見舞い行ってないもんね」

 里沙がのってきた。

「行く行く、わたしも行くわよさ」

 夏鈴がくっついて話はできあがり。

 そしてささやかな作業に取りかかった……。


 三人のクラブって淋しいけど、ものを決めることや、行動することは早い。数少ない利点の一つ!



 一ヶ月ぶりの病院……なんだか、ここだけ時間が止まったみたい。

 いや、逆なのよね。この一カ月、あまりにもいろんなことが有りすぎた。泣いたり笑ったり、死にかけたり……忙しい一カ月だった。

 病室の前に立つ。一瞬ノックするのがためらわれた。ドアを通して人の気配が感じられる。

 おそらく付き添いのお姉さん。そして静かに自分の病気と闘っている潤香先輩。その静かだけど重い気配がわたしをたじろがせる。

「どうしたの……まどか?」

 花束を抱えた里沙がささやく。その横で、夏鈴がキョトンとしている。

「ううん、なんでも……いくよ」

 静かにノックした。

「はーい」

 ドアの向こうで声がした、やっぱりお姉さんのようだ。

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