24『幽体離脱』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・24   

『幽体離脱』



「なんで、ちゃんとたたまないのかなあ!」


 くしゃくしゃになった衣装を広げながら、衣装係のイト(伊藤)ちゃんがぼやいた。

「ボヤくなって、大ラスで、審査長引いて……」

 と、山埼先輩。

「結果があれだったんだからな」

 と、勝呂先輩がうけとめる。


 放課後の倉庫。夕べは、とりあえずの片づけしかできなかったので、本格的な片づけと、衣装やらの天日干し。


 衣装は一見きらびやかそうにできているけど、洗濯できないものがほとんどで、天日干しにして除菌剤をスプレーする。シワの寄ったものは平台を尺高(約三十センチ)にして、その上でアイロンをかける。

 昨日の疲れと審査結果で、一年が三人と、二年が一人休んでいる。そのうちの二人は学校には来ていたのに、クラブには「休みます」と舞監の山埼先輩にメールをよこしただけ。

 思えば、これが演劇部崩壊のキザシだったのかもしれない。

 里沙は峰岸先輩とマリ先生といっしょに、道具や衣装の置き場所を相談している。

「新しい倉庫が欲しいですね」

 ポーカーフェイスの峰岸先輩がつぶやく。

 たとえポーカーフェイスでも、たとえつぶやきであったとしても、峰岸先輩が口に出して言うのは、わたしたちなら「やってらんねー!」と叫んだのと同じなのよね。

「進駐軍だって、手をつけなかったってシロモノだもんね」

 マリ先生もつぶやく。

 マリ先生がつぶやくのは命令と同じなんだけど。さすがにこれは単なるボヤキでしかない。

「進駐軍って、なんですか?」

 里沙が真面目な顔で聞く。一拍おいてポーカーフェイスと、空賊の女親分が爆笑した。


――明るさは滅びのシルシであろうか。


 はるかちゃんの言葉がなんの脈絡もなく思い出された。

「ま、峰岸クンが卒業して出世したら、寄付してよ」

「先生こそ……」

「ん……!?」

「失礼しました」

「え?」

 里沙一人分かっていない。わたしも、そのときは分かっていなかった。


「まあ、やっぱり大きな変更はできませんね」


 峰岸先輩が結論づけて、三人が倉庫から出てきた。

「ち、アイロンきれちゃった」

 イトちゃんが舌打ちした。

「ボロだからな」

 と、中田先輩。

「それ、去年アンプ買ったポイントで買ったから、まだ新しいよ」

 カト(加藤)ちゃん先輩。

「電源じゃないのか……」

 山埼先輩がつぶやいた。

「……なんか、焦げ臭くないか?」

 ミヤ(宮里)ちゃん先輩が、コードをたどって倉庫へ……。

 ストップモーションをかけたような間があった。


「火事だ!」


 ミヤちゃん先輩が駆け出してきた。

「え!?」

 みんなが同じリアクションをした。

「ヌリカベ一号が、上の方から燃えてます!」

「あ、あそこ、天井の配線が垂れ下がっていたんだ!」

 山埼先輩が思い出した。

「だれか、火災報知器を鳴らして! あとの者は消火器集めて!」

 マリ先生が叫ぶ!

「危険です。火のまわりが早い!」

 誰かが叫んだ。もう倉庫の軒端から白い煙が吹き出しかけていた。火災報知器が鳴った!

「あ、わたしの、潤香先輩の衣装!?」

 自分が叫んでいるようには思えなかった。ただ頭に病院で見た潤香先輩の姿が浮かび、どうしても、あの衣装だけは取りに行け! と、悪魔だか神さまだかが命じている。

「だめ、もう間に合わないよ!」

「やめとけ!」

「まどか!」

 そんな声々が後ろに聞こえた。大丈夫、衣装ケースは入り口の近く。すぐに戻れば……。


 うそ……定位置に衣装ケースがない!? 


 そうだ、修理に出す照明器具を前に持ってきたんで、衣装ケースは奥の方だ……今なら、まだ間に合う。火はまだ天井の方を舐めているだけだ。体の方が先に動いた。とっさの判断。いや、反射行動。

 衣装は一まとめに袋に入れておいたのですぐに分かった。すぐにとって返そうと、スカートひらり……とはいかなかった。だれか悪魔みたいなのが、わたしのスカートを掴んでいる。ク、クソ……少し冷静になって見ると、スカートの端っこがパネルの角にひっかかっているのが分かった。

 他のスタッフのようにジャージに着替えていないことが悔やまれた。わたしは衣装整理の仕事だったんで、制服のまんま。

 普段だったら、こんなものすぐに外せる。でも、今のわたしってパニクってる。いっそスカート脱いじゃえば、あっさり逃げられるんだろうけど、こんなとこで半端な乙女心が邪魔をする……ワッ、パネルがまとまってわたしの上に落ちてきた! もう火は、立っていたときの頭の高さほどのところにきている! もうスカートを脱ぐどころか身動きもとれない。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」

 息が苦しくなってきた……かろうじて、首にかけたタオルで口を押さえた。朝、しこたま汗を拭いて、ヨダレや鼻水も拭った。その自分の匂いが懐かしい……遠くでみんなが呼んでいる……背中が熱くなってきた。パネルに火がまわったようだ……かすむ意識……ごめんなさい、潤香先輩。先輩の衣装……燃えちゃいます……。


 その時、急に背中の重しがとれて、体が軽くなったような気がした……これって、幽体離脱……。


 わたし死ぬんだ……。

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