23『地下鉄で三駅行ったY病院』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・23   

『地下鉄で三駅行ったY病院』





「そりゃ、君たちの気持ちも分かるがね……」


 予想通り、教頭先生はバーコードの頭を叩いた。教頭先生が機嫌のいいときのクセなのよね。

「でしょ、わたしたちも深夜帰宅しなくてすむし。いいえ、わたしたちはかまわないんですけど、このごろ、ここから青山にかけて変質者が出るって噂ですし……親が心配しますでしょ。それに、生徒は、まだだれもお見舞いに行ってないんです。先輩のご両親もきっと喜んでくださると思うんです。なにより、わたしたち先輩のことが心配で、いてもたってもいられないんです」

「「そうなんです」」

 里沙と夏鈴が合いの手を入れる。

「よし、君たちの先輩を思う気持ちは、まことに麗しい。ぜひ行ってきなさい。付き添いは……」

「「「貴崎先生が空いていらっしゃいます!」」」

「それはいい。なんと言っても、芹沢さんにとっても、君たちにとっても顧問の先生なんだからな!」

 職員室の向こうで、マリ先生が怖い顔をしている。そんなことは意に介さず……。

「ちょっと、すみません貴崎先生!」

 教頭先生が、頭を叩きながらマリ先生を呼んだ。



「こんな手、二度と使うんじゃないわよ」


 校門を出ると、マリ先生は怖い横目で、そう言った。

「でも、教頭さんに直訴するなんて、だれが考えたの?」

 二人が、黙って、わたしの顔を見た。

「まどか~!」

「すみません。でも、スケジュールなんか考えると……あ、そもそも考え出したのは里沙」

「分かってるわよ、最初に頼み込んできたんだから。でも、こんな手を思いつくとはね」

 先生、声は怒っていたけど、踏みしめるプラタナスの枯れ葉は陽気な音をたてていた。


 潤香先輩が入院している病院は、地下鉄で三駅行ったY病院だった。

 駅を出ると、蒼空といわし雲のコントラストが美しく。まだ少し先の冬を予感させてくれた。

 面会時間には間があったけど、ナースステーションで訳を言うと、笑顔で通してくれた。

 マリ先生は集中治療室を覗いたが、看護師のオネエサンが、今朝から一般の個室に移ったと教えてくれた。


 ショックだった。


 あのきれいな髪を全部剃られ、包帯にネットを被せられた頭。

 点滴の他にも、体のあちこちに繋がれたチュ-ブ。かたわらでピコピコいってる機械。

 なによりも、あんなに活発にきらきら光っていた目が閉じられたまま……これは、わたしの憧れ。希望の光だった潤香先輩なんかじゃない……そう信じたかった。


「どうも、わざわざすみません。姉の紀香です」


 潤香先輩によく似たお姉さんが振り返った。少し疲れた顔ではあったけど、一瞬で元気な顔を作って挨拶された。

「ほんとうに、今回は申し訳ないことをいたして……」

「もうおっしゃらないでください。先生のお気持ちは母からもよく聞いています。潤香も子どもじゃありません。自分が承知で参加したんですから。それに、母も申し上げたと思うんですけど、原因は、まだはっきりしていないんですから」

「ありがとうございます。でも、わたしも潤香さんの熱意に甘えていたところもあると思います」

「先生、そこまでにしてください。それ以上は大人の発言ですから……先生のお気持ちとしてだけ、承っておきます」

「はい、ありがとうございます。あ、この子たち後輩の……」

「えと、まどかさんに、里沙さん。あなたはオチャメな夏鈴さんね」


「「「え……!?」」」


 同じ感嘆詞が、三人同時に出た。

「いつも潤香から聞かされてました。潤香、机の上にクラブの集合写真置いてるんですよ。ほらこれ」

 枕許の小型ロッカーの上に乗った額縁入りの写真を示してくださった。その写真はアクリルのカバーの上から、小さな字で、部員全員の名前が書かれていた。

「先輩……」

 夏鈴が泣き出した。

「泣かないで、夏鈴ちゃん。意識がもどった時に泣いていたら、潤香が驚いちゃうから」

「意識もどるんですか!」

 頭のてっぺんから声が出てしまった。

「はい、お医者さまが、そろそろだっておっしゃってました」


 ホッとした。


 しかし窓から見えるスカイツリーが心に刺さったトゲのように感じたのは気のせいだろうか。

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