20『武藤さんの言うとおりね』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・20
『武藤さんの言うとおりね』
下足室まで走って気がついた、今朝の一時間目はマリ先生の現代社会……。
晩秋だっていうのに、どっと汗が流れてきた。
職員室は、教室のある新館とは中庭を隔てた反対側の本館。授業の準備なんかしていたら、わたしよりは二三分は遅くなる。
わたしは、余裕で階段を上り始めた。ただ、噴き出す汗がたまんなくて、三階の踊り場で立ち止まった。タオル(クラブ用なのでタオルハンカチのようなカワユゲなものじゃないのよね)で、顔、首、そいでもって、セーラー服の脇のファスナーをくつろげ、脇の下まで拭いちゃった……われながらオッサンであります。
「ハーックショ……!」
慌てて、手をあてたが間に合わなかった。「ン」はかろうじて手で押さえられたが、大量の鼻水とヨダレが押さえきれない手から溢れ出た。すぐにタオルで拭いたけど。だれが聞いても、今のは立派なオッサン。
風邪をひいたか、だれかが噂をしてくれているか……。
教室に入ると里沙がプリントを配っていた。里沙と夏鈴は同じクラスなのよね。
「運良かったね、マリ先生遅刻で一時間目自習だわよ」
最後の一枚をくれて里沙が言った。
「でも、わたしといっしょに学校入ったから、もう来るよ」
「ええ、もう自習課題配って説明もしちゃったわよ!」
そこに、汗を滲ませながらマリ先生が入ってきた。みんな呆然としている。
「……どうしたの。みんな起立。授業始めるよ!」
「だって、先生。もう自習課題配ってしまいました……説明もしちゃいましたし」
「でも、わたし間に合っちゃったんだから」
「教務の黒板にも、そう書いてあったし。公には自習になると思うんですけど」
里沙は、こういうところがある。真面目で決められたことは、きちんとこなすけれど、融通がきかない。みんなは自習課題を持てあまして、どうしていいか分からないでいる。
「……そうね、武藤さんの言うとおりね。自習って届け、出したの先生のほうだもんね。じゃ、この時間はその課題やってて」
マリ先生は、里沙とは違う意味でけじめがある。授業では、けして「里沙」とか「まどか」とかは呼ばない。自分のことも「わたし」ではなく「先生」である。
「できた人は先生のとこ持ってきて。あとは自由にしてていいから。ただし、おしゃべりや携帯はいけません。早弁もね、須藤君」
大メシ食いの須藤クンが頭をかいた。
「あの、ラノベ読んでもかまいませんか?」夏鈴が聞いた。
「いいわよ、十八禁でなきゃ」
たまには芝居の本も読めよな、四ヶ月もしたら後輩ができるんだぞ。人のこと言えないけど。自分のことを棚にあげんのは女子の特権……そのときのわたしは、この名門乃木坂学院高校演劇部が存亡の危機に立たされるなんて想像もできなかった。
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