11:『本番』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・11   


『本番』



――ただ今より、乃木坂学院高校演劇部による、作・貴崎マリ『イカス 嵐のかなたより』を上演いたします。ロビーにおいでのお客様はお席にお着きください。また、上演の妨げになりますので、携帯電話は、スイッチをお切り頂くようお願いいたします。なお上演中の撮影は上演校、および、あらかじめ届け出のあった方のみとさせていただきます。それでは……あ、神崎真由役は芹沢潤香さん急病のため、仲まどかさんに変更……。


 客席に静かなどよめきがおこった。


 張り切った見栄がしぼんでいく……やっぱ、潤香先輩は偉大だ。

 本ベルが鳴って、しばしの静寂。嵐の音フェードイン。緞帳が十二秒かけて上がっていく……。

 サスが当たって、わたしの神崎真由の登場。



「あなたのことなんか心配してないから」



 最初の台詞。自分でしゃべっている気がしなかった……潤香先輩が降りてきて、わたしの口を借りてしゃべっている。

 中盤まではよかった、そういう錯覚の中で芝居は順調に流れていった。

 しかし、パソコンの文字入力の文字サイズをワンポイント間違えたように、微妙に芝居がずれてきた。

 そして、勝呂先輩演ずる主役の男の子を張り倒すシーンで、間尺とタイミングが合わなくなってしまった。


 パシーン! 


 派手な音がして、勝呂先輩はバランスを崩し、倒れた。ゴロゴロ、ザーって感じでヌリカベの八百屋飾りの坂を舞台鼻まで転げ落ちた。

 一瞬間が空いて(あとで、勝呂先輩は「気を失った」と言った)立ち上がった先輩の唇は切れて、血が滲んでいた。


 あとは覚えていない。気がついたら、満場の拍手の中、幕が降りてきた。

 習慣でバラシにかかろうとすると、舞台監督の山埼先輩に肩を叩かれた。

「なにしてんだ、準主役だぞ。勝呂といっしょに幕間交流!」


 客電が点いた客席は、意外に狭く感じられた。みんなの観客動員の成果だろう、観客席は九分の入り(後で、マリ先生から七分の入りだと告げられた。そういう観察は鋭い。だれよ、スリーサイズの観察も正確だったって!?)

 観客の人たちは好意的だった。「代役なのにすごかった!」「やっぱ乃木坂、迫力ありました!」なんて上々の反応。中には専門的な用語を知ってる人もいて「正規のアンダースタディーとしていらっしゃったんですか?」てな質問も。わたしも一学期に演劇の基礎やら専門用語は教えてもらっていたので、意味は分かった。

 日本のお芝居ではほとんどいないけど、欧米の大きなお芝居のときは、あらかじめ主役級の役者に故障が出たとき、いつでも代役に立てる役者さんがいる。本番では別の端役をやっているか、楽屋やソデでひかえている。ごくたまにここからスターダムにのし上がってくる人もいるけど、たいていは日の目も見ずに終わってしまう。

「……いえ、わたし、潤香……芹沢先輩には憧れていたんで、稽古中ずっと芹沢先輩見ていて、そいで身の程知らずにも手を上げちゃって」

 そのとき、客席の後ろにいた人が拍手した……あ、あいつ……!?

 そのあと、みんながつられてスタンディングオベーションになって、ヤツの姿はその陰に隠れかけた。その刹那、赤いジャケットを着たマリ先生が客席の入り口から入ってくるのが分かった。

 その姿は遠目にも思い詰めたようにこわばっているのが分かった。


 いったい何が起こったんだろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る