10『わたし、やります!』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・10   

『わたし、やります!』



「潤香が倒れた」


 全員が揃うと、マリ先生は組んだ腕をほどきもせずに冷静に告げた。


「今朝、玄関で靴を履こうとして……今は、意識不明で病院だって」


「え……」


 あとは声も出ない、遠く彼方を飛ぶ飛行機の無機質な音が耳についた。

「わたしは、これから病院にいく。で、本番のことなんだけど……」

 そうだ、三時間先には本番……でも、主役の潤香先輩がいなっくちゃ……。

「選択肢一、残念だけど今年は棄権する」

 そりゃそうでしょうね。みんなうつむいた……そして、先生の次の言葉に驚いた。

「選択肢二、誰かが潤香の代役をやる」


 みんなは息を呑んだ……わたしはカッと体が熱くなった。


「ハハ、無理よね。ごめん、変なこと言っちゃって。ヤマちゃん、地区代表の福井先生に棄権するって言っといて。トラックは定刻に来るから、段取り通り。戻れたら戻ってくるけど、柚木先生、あとをお願いします」

「はい、分かりました」

 副顧問の柚木先生の言葉でスイッチが入ったように、山埼先輩とマリ先生が動き出し、ほかのみんなは肩を落とした……で。


「わたし、やります!」


 クチバシッテしまった……。


 みんながフリーズし、山埼先輩はつんのめって、マリ先生は怒ったような顔で振り返って、わたしを見つめた。

「まどか、本気……?」

 柚木先生が、暴言を吐いた生徒をとがめるように言った。


「……」


 マリ先生は地殻変動を観察する地質学者のように沈黙して、わたしの目を見つめている。

「わたし、潤香先輩に憧れて、演劇部に……いいえ、乃木坂に入ったんです。コロスだけど、稽古中はずっと潤香先輩の演技見てました。台詞だって覚えています。動きも、こっそりトレースしてました。潤香先輩のそっくりショーやったら優勝まちがいなしです!」一気にまくしたてた。

「上等じゃないのよさ……その目、入部したころの潤香そっくり。小生意気で、挑戦的で、向こう見ず。心の底じゃビビッテるんだけど、もう一人の自分が、その尻を叩いている……やってみなアンダースタディー(この意味はあとで言います)」

「ほんとですか!?」

「まどかは、潤香よりタッパで三センチ、バストは四センチ、ヒップは二センチちっこい。ウエストはまんま。衣装補正して。本番までに一回、台詞だけでいいから通しておくこと!」

 マリ先生は、わたしの肉体的コンプレックスを遠慮無く指摘して楽屋を去っていった。


 スカートの丈を少し補正しただけで、衣装の問題は解決……させた。

 衣装係の、今時めずらしいお下げの、かわゆげな一年のイト(伊藤)チャンは、こう言った。

「バストの補正って大変なんですウ。なんだったら『寄せて上げるブラ』買ってこよっか?」真顔なところがシャクに障る。

「これで問題なし!」

「だって……」

「先生の指摘は、目分量。そんなに違いはないのよサ!」

 と、胸と見栄を張って、おしまい。

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