月見里

コオロギ

2304

『ヤマナシに行かないか?』とJからメッセージが届いたのは金曜の夜のことだった。

 仕事帰りの電車の中で、へろへろになりながら必死で意識を保ち文字をタップするJの姿が目に浮かび、またそんな微熱状態なやつの頭から飛び出したのが『ヤマナシに行かないか?』だったので、これはかなりまいっているだろうことが窺えた。

『ヤマナシとは、あのヤマナシのことか』

『そうだ』

 間髪入れず、返事がきた。

『明日か』

『明日だ』

 私はちらりと後ろを振り返った。おそらく、あのほこりの降り積もった黒いカバンの中に今年の手帳が入っているはずだった。おそらく、私の明日の予定はその手帳が把握しているはずだった。

 私は体の向きを戻した。

『承知した』

『では明日』

『では明日』

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