第7話

5歳ごろ。私はよく笑っていた。だけどたまに、えらく寂しそうな顔を見せた。

私を見つけるとおもちゃを放り出して駆け寄ってくる。

膝の上にちょこんと座るのが大好き。

「今日は何して遊ぶ?」って。


あなたのために今日は京都へ行くよ。

今、紅葉がきれいな時期なんだ。

京都にはたくさんお寺があってね、ずっとアメリカにいたから日本っぽいものに浸りたくなったんだ。一緒に来たい?

鴨川っていう大きな川もあるよ。あなたは川が大好きだよね。

5歳のあなたには少し辛いかもしれないけど、座禅を体験してみよう。


実際には1人の私たちは大はしゃぎで喜んだ。

誰がどう見たって私は一人旅をしている。

でも私の感覚は自分の子供を連れている。なんとも不思議な感覚の旅行だった。

子供の私はあれこれわがままを言った。いつの間にか言えるようになっていた。

ガイドブックを見て、あそこに行きたい、ここを見たい、あれを食べたい。

私たちは新幹線に乗っている間中、作戦会議をしていた。

時間だって限られているし、お金だって無限じゃないぞ。と。


清水寺には絶対行きたい。彼女は言った。

だってカウンセラーさんが「清水の舞台から飛び降りたら、下はきっと羽布団みたいにふわふわなはずだよ」って言った。清水寺を見たらきっと、もっとふわふわなイメージが湧くと思うって。

でも改修工事中だって書いてあるよ?私は尋ねた。

それでも絶対行きたい。彼女はちゃんと主張してくれた。


お腹が空いた時、私は観光地を歩きながら何を食べようか迷っていた。

お金はいくらある?彼女は私に尋ねた。食べ歩きをしたい。栄養があるご飯もいいけど、わらび餅とかさつま揚げとか、そういうものをちょこちょこ食べてちょっとずつ満足したい。

彼女はなかなかいいアイデアももっているみたいだった。



今までの私なら、1人で観光地を旅行するなんてちょっと考えられなかった。

1人でどこかへ行ってこんなに人の目が気にならなかったのは初めてかもしれない。それは私の中に彼女がいるからだ。


私は彼女に話しかける。(はじめはカウンセラーが私に言ってくれた。同じように、毎日、いつでも、私は彼女に話しかける)

一緒にいてくれてありがとう。

あなたと一緒にいて、あなたの成長を見ることができて、私は本当に嬉しい。

あなたが「私は○○をしたい」「○○はしたくない」と言えるようになって私は本当に嬉しい。

あなたは自分の気持ちについて考えることができる。

あなたはしたいことを「したい」と言って、したくないことは「嫌だ」と言って、それでいい。それでも現実的に難しいところは私が引き受けるから。

親のことは、あなたにはなんの責任もない。親の人生は親自身の責任だよ。

家族のことに対しても、あなたにはなんの責任もない。

家族のことは両親が2人で責任を取らなくちゃいけないんだ。

あなたが何かしたから家族が悪い方向に行くなんてことは何もない。

だからあなたは、ありのままのあなたでいいんだよ。


でも、時々私はすごく寂しくなる。

こういうメッセージを、言葉にしたりしなかったりしながら、

普通に育った人は自分の親からもらっているんだろうと。

私の親はくれなかったな。と思ってすごく寂しくなる。

だから私は私のために、毎日私に話しかける。大丈夫、大丈夫って。

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