第5話

主人が家を出て行った時の話。

彼の引っ越し作業をする姿を見てるのは辛いだろうと思ったから、私は旅行に出かけた。手伝うのはきっと嫌がると思ったし。

帰ったら、もぬけの殻。

徹底的すぎて、ちょっと笑った。

それでも目に入らなくて置いてってるものもあって、ちょっと笑った。


レンタカーだと言っていたし、何度も往復したのかな。

箱がだいぶ重かったから、1人で運ぶのは大変だっただろうな。

私はいなかったんだし、ゆっくり慌てないで引っ越しできたかな。

1人でゆっくり過ごす時間をもって

元の彼に戻ってくれるといい。


愛着障害があるこちらとしては

誰かが私から去っていくことは、本当にしんどい。

心がバキバキ音を立てて、気が狂うかと思うくらいにしんどい。

でも少しずつ準備してきた。

彼が出ていくことはわかっていた。

1ヶ月、2人で愛なんて全く感じられない暮らしをした。

だから私の気持ちも、彼が出ていくのは仕方ないかなって思えるようになってきた。

無理して2人でいるよりも、別々になって仕切り直した方がいいよねって思える。

大丈夫。大丈夫。

私は私で自分の治療をしよう。

子供の私と対話をしよう。

それはなかなか奇抜な体験ではあるけれど。


「清水の舞台から飛び降りたら、その下はきっとふかふかの羽布団だよ」

カウンセラーはそう言ってくれた。

まだわからない。本当かなと疑っている。

でも疑っていても少しずつでも、やっていくしかない。




彼は本来、とてもお茶目な人だった。

しょっちゅう変顔をしていた。

ハロウィンには「オペラ座の怪人」の仮面をつけて出社していた。真顔で。

前日には、仮面のゴム紐が目立って嫌だからどうにかならんかと真剣に相談された。

冬には「あったかいから」と布団をかぶってダンゴムシみたいになってPCをいじっていた。

ウエディングフォトを撮る時に「どっかのパーティーでプレゼンをするやり手社長」を演じるためにノートPCを持ち込んだ。

旅行に行った先で「今日のテーマは『大人』です」と、急に写真大会が始まった。

そうだった。すごく面白い人だった。


ごめん、ここ最近、そんな顔してなかったよね。

辛かったね、ごめん。

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