姫神子という存在


姫神子という存在。


それは、土地神である女神から与えられた浄化機能のようなもの。

人は集団で生活すると、僅かながら澱のようにいろんな感情が溜まっていく。その感情は土地を荒らし、水を汚し、少しずつ蝕んでいく。


それを、溜まりすぎる前に浄化し、自分の体内に溜め込みきれいにするのがその役目。だから、誰もが姫を愛し、大切にする。


姫神子にとって血などは完全に禁忌だ。

だから母の胎内から産まれず、祈りの場に赤子として姿を現す。

そのまま神殿で他の子供と同じ様に育てられ、人としての感情を覚えていく。

人としての感情がわからなければ、ただの人形と同じで、人や土地の澱を感知できなくなってしまう。

感情が有るから話がややこしくなると人形の様に育てたところ、人から発せられる『澱』が分からず、女神に泣きついて何とかしてもらうという過去の出来事が有ったからだ。

しかも、一度だけという契約の元でなので、同じ轍を踏むわけには行かない。

自分の娘を愛されない環境下に置きたい母親はいないだろう。


青の国と呼ばれるこの地は、魔力に長けた者が多いせいか、この地に姫が生まれることが多い。

因みに朱鷺の国は武力に優れ、森の民たちは知識欲が強い。


姫はこの辺りの国を回り澱を漉し、地を整え水を清める。

すべての国を回り終わると、白の聖域と呼ばれる母女神のおわす地に行き、溜まった澱を昇華して貰うのだ。

だから、姫の道行きは決して長くはないが、邪魔をすることを禁じられる。


姫が母神の元にたどり着けない事態になったとき、姫がその身に宿した『澱』は元の地に戻り、土地は荒れ水は濁る。それどころか封じた澱が荒れ狂い、人の住めぬ場所を作るくらいの荒振り方になる。

人々の気持ちも荒れ、場合によっては戦争すら可能性が出てくるのだ。

なので、仲の良くない朱鷺の国としても、邪魔することは禁じられている。


先代の姫君は、道行きの途中で…。

なので、今回こそは母神のもとに行って貰う必要があるのだ。


「因みに先代の姫君の後処理をしたのが長老女さまだとされている」

「って、長老女さま今いくつ!?」

「それすらもわからないから『長老女さま』なんだよ。

全部処理しきれなかったから、姫の責任は重大なんだよ」

そう兄テスから教わり、ミヤは姫の持つ重大さを思った。そして、その重さを慮り、少しくらいは優しくして上げようと姫が聞いたら迷惑千万な事を考えていた。


□■□


出立まで後三日となった夜。


何となく眠れずに、神殿の敷地内を散策していた。

神殿の敷地は、その性質上邪心有る者は入れなくなっている。だから、ミヤが一人歩きしても大丈夫なのだ。


と、ふと人の気配を感じて

「誰!?」

と誰何する。切れないとわかっていても、長老女さまから貰った剣をつい構えてしまう。

振り向いた先にいたのはラシードだ。

剣も持たず、ゆるりと散歩の様相だ。

「ラス」

構えていた剣を下ろす。

この剣の使い方も馴染んできたところだ。多少の攻撃魔法も使えるようになった。

「なんだ、ミヤか。こんな時間に珍しいな、散歩か?」

ラシードの住む長老女の家は、神殿の敷地内にある、言わばお隣さん状態だ。


ふと、ラシードの目が厳しくなる。

ミヤの持っている短剣に視線が奪われた。

紅く輝くそれは、なにかとても禍々しい物に見えた。それ自体がなにか厄介な物のように見えて、つい聞いてしまう。

「ミヤ、その短剣、誰に貰った」

若干の緊張感を感じ取りながら、ミヤは素直に長老女に貰ったと答えた。

「杖よりこちらの形の方が扱いやすいだろうって」

確かに魔道士は、媒介として杖や棒を持つ。人によっては石の形をした媒介を持っている。

その媒介を使って自然に働きかけ、その助けを貰うのだ。


まさか、長老女さまがそんな危ない物をミヤに持たせるはずがないだろう、邪推しすぎだ、ラシードは自分に言い聞かせた。

「ほら、魔道も少し使えるようになったんだよ」

そう言って剣の先に灯をともす。

「お前も一人前の魔道士だったんだな」

感心してみると、炎が大きくなって慌てて消すことになる。

どうやらミヤの感情に呼応しているようだ。

「今まで封印されてたんだって、あたしの魔道力。よく覚えてないんだけど、昔失敗しちゃって、それで危ないからって」

「あぁ、あれか」

ミヤたちより二つ年上のラシードは、その騒ぎをはっきり覚えていた。

だから、ミヤは魔道が使えなかったのか。

いくら練習してもなにも出来ない自分に、ベソをかいていた子供の頃のミヤの姿を思い出し、懐かしく笑った。


魔道がだめなら剣士になる!

そう決意したのもそのころだっただろうか。

小さな木刀を与えられ、振り回しては大騒ぎを起こしていた事も、昨日のことのように思い出せる。


「ラスは今度の姫の儀式、剣士として同行するんでしょ?未だ未熟だけど、あたしも魔道士として同行だから、よろしくね!」

姫君が白の神殿に向かう際は、剣士一人と魔道士が一人と決まっている。

大所帯だと動きが取りにくいし、揉め事も起きやすくなる。だから、最小限の人間で行くことになる。

今までは朱鷺の国から剣士が選ばれていたが、関係の悪化からあちらから断られ、負けない程度の腕を持つラシードに白羽の矢が当たったのだ。


「一緒に姫を護って神殿に行って、みんなで帰ってこようね」


何気ないミヤの言葉に、ラシードは動きが止まった。

ミヤは知らないのか、姫が神殿に行く真の意味を。

テスや長老女さまが教えていないのは、感情に左右されやすいミヤの心を落ち着いたままにさせるためなのだろう。

真実を知らされたら、おそらくミヤはこの旅を拒否するに決まっている。


だから、ラシードも知らない振りをしておくのが一番だろうと思った。

「そうだな、みんなで帰ろう」

それが出来たらどれほどいいことか。

痛む心を抑えながら、ラシードは姫を思った。

幼なじみで産まれたときから知っている、十七年間一緒に過ごした存在。

妹のように可愛がってきて、兄のように慕われてきたその存在。

ミヤの言うように、揃って帰れるといいなぁ、と夢を見たりする。


帰ろう。帰れればいい。帰りたい。

希望の鍵は、ミヤが握っているかも知れない、そう思えて仕方のないラシードだった。


to be continued…





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