異次界奇譚 

小摘 冬花

吟遊詩人の話


青年は、琴を片手に語り出した。


「これはまだ神が身近におわしていたころ、そう、昔々の物語」


ここは山奥の村、たまにやってくる吟遊詩人の語る物語が娯楽の一つになっていた。

みんなはそれぞれの世界を想像し、語り部の話へと引き込まれていく。


「国とは言え小さな集落の集まりで、お互いに助け合って生活しておりました。王はおらず、神に仕える神官がまとめ役をし、神の言葉を伝える役割をしていたのです。

何十年か置きに『姫神子(ひめみこ)』と呼ばれる神の娘が授けられ、特定の年齢に達すると母である女神の元へ旅立つ決まり事になっておりました。

土地を統べる女神は、姫神子を通じて土地を潤し、人々の助けをしておりました。

これは一人の姫神子の物語」


そう語ると、詩人はしばらく余韻をおいて続きを語り出した。


□■□


燦々と太陽が照らす中、二人の少女がにらみ合っていた。

ひとりは、深い秋の日を思わせる空色の髪を長く垂らし、その額には赤い宝石が埋め込まれているのが特徴的だ。

もう一人の少女は、深い海を思い出させる青い髪を高く結い上げ、なぜか雑巾を頭に乗せ、さらに水を滴らせている。


二人の会いだに走るのは緊張感。

この二人、同い年の幼なじみであり、喧嘩とも立ちであり、認めたがらないが親友と呼べる関係を築いている。


が、今はそんなことは関係ない。

口火を切ったのは、深い海色をした少女、名前をミヤと言う。

「…まさか姫さまが手抜きでこんなところに水を捨てられるとは思いませんでしたよ」

丁寧語を使うときは、頭に来ている証拠だ。頭に乗せられた雑巾を剥がして、姫と呼ばれた少女のバケツに戻す。

この世界で『姫』と呼ばれるのはただ一人、この辺りの小さな国の集まりの中でも独りきりの姫神子を指す。

つまり、空色の髪をした少女は、姫神子であり、神の御子なのだ。


だが、そんな事はどうでもいい。 

『姫』と呼ばれた少女はとぼけた振りをして、

「だってまさかこんなところにミヤが昼寝してるなんて思わなかったんだもの。この時間は、魔道の勉強時間じゃなかったかしら?」

と自分は悪くないと主張する。

確かに、水汲み場まで持って行って捨てるのが正しい方法なのだが、重いバケツを少しでも軽くしたいのは分からなくもない。まぁ、だからと言って草むらに雑巾ごと中の水を放り出すというのは如何かと思われるが。


一方、サボっているのを指摘されたミヤ、とぼけるにも限度がある。

「自主休講よ。文句ある?」

と開き直ってみせる。ミヤが目指したいのは剣士であり、魔道士ではないのだ。

まぁ、だからと言って割り当てられたら勉強をサボっていいと言うわけではないのだが。


うふふふふ、そんな擬音がつきそうな二人の作り笑いに水を差したのは、一人の背の高い青年だった。

「「ラシード」」

二人の声が揃う。

ラシードと呼ばれたその青年は、走ってきたのか、息を弾ませてそのわずかに緑掛かった青い髪を掻き上げると。

「こんなところにいたのか、ミヤ。テスがかなり怒っていたぞ。戻るなら覚悟して戻れよ」

「ひー、勘弁してよ、テス兄怒らせると怖いんだから」

「サボるミヤが悪いのよ」

「なんだミヤ、びしょ濡れじゃないか。早く着替えないと風邪引くぞ」

「それは姫が」

「いいから早く行け。テスがうるさい」

「覚えときなさいよ、姫!」

「わたし莫迦だから忘れちゃうわよー」


喧しいくらいに思い思いの事を口に出すと、絶妙なタイミングでべーっとお互い舌を出し合う姫とミヤ。

そして、ミヤは神殿に向かって走っていった。


その姿を見ながら、ラシードは吐息すると、姫に向き直る。

「もう少し素直になればいいのに。

好きなんだろ?ミヤが。

子供の頃なんて転げ回って遊んでいたくせに、最近どうした」

「…嫌いよ、ミヤなんて。

名前を付けてくれる親がいたミヤなんて、嫌いよ」

そう言って寂しそうな表情を見せる。「姫…」

姫には親はいない。正確には、土地を統べる女神が親なのだ。女神が作り出した存在、それが『姫神子』。人ですらない存在。

だから、名前はない。皆『姫』と愛称で呼ぶだけだ。

「ラスはわたしに近いから好きよ」

「まぁ、俺は『長老女(おばば)さま』の養われ子だからな」

ラシードは、少し寂しく笑う。


長老女さまとは、いつからこの国にいるのかわからない、年齢不詳、顔も深くフードで隠し、誰も素顔を知らない。

ただ、年寄りめいた喋り方と普通の人では知り得ない知識を持ち、国の助けになっているので皆は敬意を表して『長老女さま』と呼んでいる。

ラシードはその長老女さまに拾われ育てられた子供だった。


□■□


そこまで詩人が話し終わると、一人の子供が疑問を投げかけた。

「そこの人たちはみんな髪が青いの?」

現代では金銀黒、赤や茶色、いろんな毛色の人がいるだけに、疑問に思ったのだろう。


詩人は言った。

「この時代、まだ神が触れられるところにいた時代。土地の力が強かったのですよ。

このお話は『青の国』と呼ばれる国が最初の舞台になります。その名の通り、土地に青の力が強く、一番染まりやすい髪がその土地の色に馴染むんですよ。他にも『朱鷺の国』『森の国』など出てきます。

それぞれが特徴的な色合いの髪を持つ人々がいる国ですね」

「じゃあ、他の国に行けばすぐにわかるの?」

「そうですね、でも、髪はその土地の色に染まりやすいので、国を移って十年もすればその国の色に染まりますね」

そう言う詩人の髪は若葉のような鮮やかな緑だった。


□■□


「いだい痛いいだい、もう絶対にしないから赦してー!」

「お前はいつもそう言う!今日という今日は赦さん!」

十六歳という最年少の神官であり、稀代の魔道士と言われているミヤの双子の兄、テスにこめかみをげんこつでぐりぐりやられ、悲鳴を上げる妹。テスの方が男性な分身長差はあるが、ぱっと見では同じ顔立ちに見えるほど、よく似た二人だった。

ミヤは長い髪を高いところで結い、テスは同じ色の髪を胸の辺りまで伸ばしている、それで見分けるのだ。


はぁはぁとお互いに肩で息をしながら、

「お前は俺と血の分けた妹だ。魔道が使えないはずがない」

きっぱりと言い切られ、カチンと来たミヤ、はっきりと自分の意見を述べる。

「あたしは魔道はからっきしなんだから、勉強するだけ無駄だって言うの!

あたしは剣士になるんだから」

「いいや、お前は誰がなんと言おうと魔道士だ」

「あたしには魔道の才はないって」

「俺の『妹』である以上、無いわけがない」

喧々囂々、兄妹の言い合いはだんだんテンションがあがってくる。

「この石頭!」

ミヤが叫んだと同時にノックの音、そして静かに扉が開かれる。

「あなた達、喧嘩をするならもう少し小さな声でしなさい。外まで丸聞こえですよ」

目深にフードを被った老女にそう諭されると、二人とも黙り込んだ。


産まれてすぐに母親を亡くし、十の年に父親を亡くした二人は、この老女に育てられたも同然だった。


「あなたがたももうすぐ一七になるのですから、そろそろ大人になる準備をしないと」

この世界では一七で成人とされ、自分のやりたい道に進むこととなっている。

兄のテスは、父を亡くした十の年から神官としての仕事を、長老女のサポートを貰いながらしているので、そのまますすむのだろう。

一方ミヤは剣士希望だが、兄のテスは魔道士になれと言う。そして、自分のサポートをしてほしい、と。

神の声を聞き、それを皆に伝える神官のサポートなんて自分に出来るわけがない。体のいい小間使いだろう程度に思っている。

それくらいなら剣士になって、幼い頃から剣術の士として憧れているラシードと肩を並べて、時折流れてくる『邪』退治や、ならず者を片づける仕事をしたい。


そもそも同じ血を分けた兄妹でも、ミヤには魔道を扱う才能がないのだ。

子供の頃、魔道力を暴走させて以来、まるで使えなくなってしまったのだ。

そんな奴に魔道士になれなんて、無謀もいいところだ。


うつむいて押し黙るミヤの額を、長老女が軽く中指で押した。

すると、ミヤの動きがぎこちなくなり、人形の動きのように椅子に座る。

まるで誰かに操られているかのように。

そしてそのまま、動かなくなった。

「長老女さま、なにを」

「テス、貴方の掛けた封印を解いてあげなさい」

「!、なぜそれを」

長老女は、静かに首を横に振ると。

「他の人には魔力が不足しているといえば通じたかもしれませんが、私にはミヤの身体の中の魔力が、成長とともにマグマ溜まりの様に渦を巻いているのがわかります。

このままでは子供の頃以上の暴発をさせかねません」

貴方にもわかるでしょう、そう言われて魔道力を目に集中させると、確かに魔道力の塊が蠢いているのがわかった。

「ミヤは『稀代の魔道士 テス』の『双子の妹』。同じぐらいの魔力があって当然なのです。道筋をつけて、体内循環させてやらなければ、今度こそ『姫神子』を失ってからでは遅いのです。

暴発が起こらないようにこちらでも制御を手伝いますから」


そう、あれは十の年。

父親を亡くしてすぐ、ミヤは見よう見まねで父の残した術法を試そうとし、見事失敗を──魔道力の暴走をさせた。

たまたま近くにいた『姫神子』を巻き添いにしそうになり、テスは慌ててミヤの魔道力を封印したのだ。

テスもミヤも、父親から魔道力の巡回の仕方を教わっていたが、不器用なのかうまく巡らせることが出来ず、暴発に繋がった。

テスも、父から受け継いだことで精一杯で、掛けた封印を解くことを忘れていた。

幸い暴発は神殿内で済み、民にはバレずに済んだのだが、それは、神官としての職務を、幼いながらもテスがきっちりとやっていたからだ。


「ミヤには…重すぎる魔道力(ちから)だと思ったんです」

だから封印した。

それに、今度の『姫神子』の母神回帰の時には魔道士としての魔道力を再び解放して、お付きの魔道士にする予定だった。テスには、そうしなければいけない理由があった。

「魔道はそう簡単に繰ることは出来ません。きちんと基礎を教えないと」

長老女にそう言われ、その時までに封印を解けばいい、そんな楽観的に考えていた自分を恥じた。


「封印は掛けた本人にしか解けません。とりあえず封印を解きなさい」

長老女にそう言われ、テスの口は呪を紡いだ。暫くすると、ミヤの身体が赤く光り出し──その光を長老女は紬始める。

細く紡がれたそれは、小さな光はミヤの耳元にピアスとして、残りの光は短剣の形を取って、長老女の手の中に残った。


「長老女さま、それは」

「耳飾りは念のための封印具、短剣は道筋をつけやすい為の道具です」


封印を解かれたミヤは、今後爆発的に魔道力を伸ばすことでしょう。その時に、下手な暴走をしないための『封印具』。これが壊れるときは、ミヤの全力を必要とする事態が起きたときでしょう。

そして短剣は、ミヤの魔道力の制御に方向性を持たせるには杖とかの形より本人的に扱いやすいことでしょう。

長老女はそう説明した。


「封印が解かれたことで、ミヤの身体の中の魔道力が循環を始めました。うまい具合に導いて、姫のために一人前の魔道士にしてあげて下さい」

パン、と手をたたくと、人形のようだったミヤが人間に戻った。

「あ…れ?」

ぼんやりと周りをみているミヤに、長老女は件の短剣を渡す。

血が滴るような紅い短剣は、不思議とミヤの手にしっくりと馴染んだ。

「これは貴方の杖の代わりの制御装置のようなもの。短剣の形を取っていますが、なにも切れません。ただ、どうしようもなくなった時に、貴方の心に従ってただ一度だけ使うことが出来ます」

なにやら難しいことを言うが、ミヤは自分の中の魔道力の存在に気が付いていない。

「せっかくですが長老女さま、あたしには魔道力がありません。これは宝の持ち腐れになります」

必死に言い繕うミヤだが、長老女はそっと首を振ると、

「貴方の魔力は強力すぎて封印してあっただけです。封印は解かれました。あとは、制御の仕方をテスに習いなさい。

姫君が母神の元にお帰りの際の守護魔道士は貴女なのですから」

「へ?」

いきなりの言葉、初耳の発言。思わず間抜けな声が口をついて出た。

「因みに護衛剣士はラシードになります。姫が十七になった日に…同じ日に産まれたあなた方の誕生日でもありますね。その日に出立しますので、心積もりを」


そう言いおいて、長老女は部屋をあとにした。

残されたミヤとテスはお互いを見合わせ──ミヤは呆然と、テスは肩をすくめて。

誕生日はあと二ヶ月後。

「さて」

テスが、なんとも表現のしがたい表情をして、ミヤに近づいてきた。

ぽん、と肩を叩くと、

「さて、始めようか」

と、笑って言った。

ミヤにとって、それは鬼の笑顔に等しくて。


「水を出すだけだ!コップからあふれて床までぬらすな!」

「か、火事になる!水をかけろ!水出し過ぎ!」

ミヤの中で眠っていた魔道力はあまりにも大きすぎ、その日一日神殿は大騒ぎになっていたとか。



to be continued…






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