春の恋の運命論
桜は咲いてすぐに散る。だから俺は桜があまり好きではない。
「広瀬くん泣き止めよお」
校庭の桜の木の下でしゃがみ込んだ俺の隣に香山くんが座る。香山くんは俺の恋人でありカレシであり、俺と同じく高校二年生になったばかりだ。そう、高校二年生。俺たちは二年生になった。高を括っていたのだ。初めて香山くんと出会ったのは中学一年生の入学式。それから中学二年生、三年生とクラス替えもあったのに三年間同じクラスになれた。ちなみに香山くんと恋人になれたのは中学二年生のときです。馴れ初めも話したいところだけど語るには一週間欲しいからまた別の機会に。話を戻そう。同じ高校に入学した一年生のときもなんと同じクラスだった。これはもう流れができてる。俺と香山くんは高校二年生、三年生になっても同じクラスでいられるに違いない。俺たちは恋もクラスも運命で結ばれている! そう信じて疑わなかったというのに。信じて高校二年生としてクラス替えの発表が貼られた掲示板を見に行ったのに。
「ここに来て別々のクラスになっちゃうとかある?」
「広瀬くん鼻水出てるよ」
ずずずと鼻水をすする。香山くんは自分の袖で俺の涙をごしごし拭ってくれた。「顔ぐしゃぐしゃじゃん」と言う彼の顔が間近にあってドキドキする。彼とはもうキッスもするオトナな関係ではあれど、未だにこうしてドキドキする機会は多い。たとえば夜寝る前にその日彼と話したことや彼の笑顔を思い出したときとか。
「まさか広瀬くんそこまで号泣するとは思わなんだよ僕は」
「香山くんは悲しくないの俺と別のクラスになって、いや悲しいに違いない」
「反語?」
「悲しくないの」
「そりゃ悲しいとも」
「じゃあ何で泣いてくんないの」
「広瀬くんが号泣すぎて冷静になった」
「俺も正直自分が泣きすぎて引いてる」
「ええ……」と反応に困ったように香山くんが眉を下げる。かわいい。でも俺だって困っているのだ。本音を言えば、まあいつか一度くらいはクラスが別になることもあるだろうと覚悟していたつもりだった。今まで同じクラスだったのが奇跡だったぐらいなんだから。それなのに、覚悟していたつもりだったのに、俺は悲しくて悲しくてまた涙が溢れてしまう。香山くんと同じ教室にいられない。同じ授業を受けられない。想像したくないほどに寂しくて凍えてしまいそうになる。俺、自分が思っている以上に香山くんが大好きすぎるのかもしれない。香山くんがそばにいないと息ができないのかもしれない。どうしようやばいよ香山くん。こんなに香山くんのこと好きとか超幸せだけど超つらい。生活に支障が出ちゃうかもしれない。そんな旨を鼻声で話したところ、香山くんは顎に手を当てて、名探偵ばりの悩むそぶりをして、ぽん、と自分の手に拳を当てた。
「逆に考えよう広瀬くん」
「逆に?」
「僕らは初めて別のクラスになったわけです」
「マジで信じらんない」
「同じクラスで授業を受けることはありません」
「つらみ」
「昼休みに一緒にお弁当を食べるときまで会えないことを僕らは苦しむでしょう」
「やはり生きていけぬ」
「これはつまり実質の遠距離恋愛では?」
衝撃。ズバンと心の雷が落ちた。心の雷って何? 香山くんと顔を合わせる。見つめあって十秒。
「俺たちついに本物の遠距離恋愛を体験してしまう……!?」
「会いたくても会えないじれったさを感じてしまうよ広瀬くん」
「やばいねロマンスだね」
「マジやばい」
「昼休み会えたときの嬉しさやばそう」
「抱きしめ合っちゃうぐらい嬉しくなりそう」
「抱きしめてクルクル香山くん回したい」
「廊下でやったら怒られるかな」
「運動場ならいいかも」
「広瀬くん涙止まってる」
「お」
ほんとだ涙止まってる。鼻は未だにぐずぐずだけど。ずず、ともう一度鼻水をすすると、香山くんが小さく吹き出す。涙を拭ってくれていた手が両頬に添えられる。そして彼は俺の鼻先にキスをした。
「おっ」
「広瀬くんに涙は似合わないよ」
「イケメンが過ぎない?」
「惚れた?」
「惚れたあ」
惚れた勢いで香山くんを抱きしめる。香山くんも抱きしめ返してくれる。そこでようやく周りを気にすることができた。登校中の生徒が俺たちをチラチラ見つつ通り過ぎていく。そういえばここ校庭でした。そろそろホームルームの予鈴が鳴ってしまう。香山くんがいない教室に行かなければならない。
はらりと舞い落ちてきた桜の花びらが目に映る。桜はあんまり好きじゃない。だってこんなに綺麗なのにすぐに散ってしまう。いなくなってしまう。俺は好きなものと好きな人とずっと一緒にいたい。近くにいたい。大事に、大切にしたいんだ。
「ねえ広瀬くん放課後は暇?」
「超暇」
「桜もいい感じに咲いてるしお花見デートに行きたい」
「行くう」
ぎゅぎゅっと香山くんを強く抱きしめる。「ふふひ」と香山くんが笑う。「んふふ」と俺も笑う。だから俺は香山くんが好きだ。香山くんといると何でも楽しくて何でも好きになる。香山くんも同じ気持ちだといいな、いやそうに違いない。たとえクラスは違えてしまっても、俺とキミの恋の運命は何が何でも結ばれているのだ、俺とキミが果敢に結んでいるのだ。
「うわ予鈴鳴っちゃった」
「香山くんもっかいチューして」
「二人きりのときがいいな」
「この照れ屋さんめ好きだぞ」
俺が香山くんの頬にキスをして笑い合う。二人で立ち上がる。手を繋いで校舎に向かう。
結局俺たちは休み時間のときも会いに行くものだから遠距離恋愛の感覚は然程味わえなかったり、秋には中学生のときの友だちと再会したり、これからも俺たちの物語は続いていくわけだけど。
ひとまず俺が今言えるのは、見上げた満開の桜はやっぱり綺麗だなあということ。そしてこの手の温度が俺のそばにある幸せは、俺たちの恋は、決して散ることのない運命なのだと確信しているということだけだ。
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