弱虫カコジンの後悔は消えない
後悔しているんだと彼は言った。
出来ることならやり直したい。時間を巻き戻したい。
彼の涙を、僕はそのとき初めて見た。
そして僕は言ったのだ。
***
「いま何年ですか」と尋ねたとき、人の反応は様々だ。「何日ですか」と勘違いして日にちを答える人もいれば、「二〇十八年ですよ」と簡素に答える人もいる。「えっ」とおもむろに動揺されるときがあれば、「は?」と苛立たしげに睨まれるときもある。「西暦ですか?和暦ですか?」とわざわざ聞いてくれる人もいる。そういうのを見るのはなかなか興味深い、という話を学校の帰り道にすると、「地味な悪戯だな」と友人に言われた。悪戯のつもりはないと反論すると、じゃあどういうつもり?と聞かれ、僕は上手いこと答えられない。黙り込んでしまった僕を労わるように「まあでも」と話を切り替えてきた。
「『いま何年ですか』って聞かれるのは、ちょっとワクワクするよな」
「ワクワクするの?」
「だって定番だろ。未来とか過去とかからタイムスリップしてきた人がさ、慌てた様子で『いま何年ですか』って聞くやつ」
「うん」
「もしかしたら、ってちょっと期待しちゃうじゃん。もしかしたら俺、未来人、もしくは過去人と話しちゃったのかも?って」
「ミライジンはよく聞く気がするけど、カコジン、って語呂が悪いね」
「でも、実際はお前なわけじゃん。現実人なわけじゃん」
「うん、ゲンジツジン」
「突然期待させて裏切る現実人は、だいぶ罪深いと思う」
「そんなつもりは」
「だからどんなつもりなんだって」
結局上手く答えられないまま、家の方向が違うので友人とは途中で別れた。橙色から暗闇に染まりつつある空を眺めながら、僕はひとり帰路を歩く。
僕が「いま何年ですか」と人に尋ねるようになったのは、かれこれ十年前からだ。といっても毎日誰も彼もに聞いているわけじゃない。半年に一回、時には月に一回。ふと帰り道に通りすがった見知らぬ人に、一度だけ「いま何年ですか」と尋ねる。そんなことを十年続け、今や僕は高校二年生。そのことを今まで誰にも話したことはなかった。頭のおかしい奴だと思われることはわかっていたし、「そんなのやめたら」と諭されるのと面倒くさい。それでも先ほどの友人に話したのは、彼のことをそこそこ気に入っているし、彼は鼻で笑うようなことはしないだろうと思ったからだ。
現に、彼に話してよかったと僕は思う。僕だって、こんなことは馬鹿馬鹿しいってことぐらいわかっているのだ。尋ねたところで、期待した答えを貰えたことは一度もない。だからもう、やめよう。友人との話のネタになった。それで十分だ。
いつも帰りに通る公園に差し掛かると、前を歩く女の人ふたりがいた。ひとりはTシャツとジーパンで、ひとりはスーツ。お互い片手にスーパーの袋を持って、もう片方の手で一緒に別のスーパーの袋を持っている。なんだかチグハグな人たちだなと思いつつ、僕は決める。これで最後だ。あの人たちに聞いて、終わり。このことも友人に話して、ただのくだらない世間話として消化しよう。
彼女たちに歩み寄り、スーパーの袋を軽く引っ張った。訝しげに振り返り、僕が見知らぬ学生だとわかるとますます不思議そうにこちらを見る。
「いま何年ですか」
二人が顔を見合わせた。複数人のグループに同時に聞くと、決まってこんな反応だ。「新手のナンパ?」と聞かれたこともある。そのままナンパに成功したかどうかは、今ここでは伏せておきたい。
でもどちらにせよ、答え自体は一緒なのだ。今は二〇十八年。2010年のときは2010年と答えられるし、2012年のときは2012年。2015年のときは2015年。いつだって僕が感じている「今」の答えだった。だから最後もそうだろう。これで、ようやく僕はーーー
「二〇〇八年だけど」
息が止まる。
答えてくれたのは、Tシャツの女の人の方だった。真顔で、「だから何?」と言わんばかりの表情。
あ、と僕は声が裏返る。「ありがとうございました」た早口で言って、僕は走り出した。自分の家とは違う方向。人目も気にせず、僕は無我夢中で走る。求め続けた場所に走り続ける。
***
「ひどいことを言ったんだ」と彼は言った。
「傷つけるつもりなんて、ひとつもなかった。少しでも気休めになればいいと思った。だけど、奥さんはもっと傷ついた顔をして僕を怒鳴った。旦那さんは奥さんを宥めて、『気にしないでね』と僕に言った。僕が慰められた。
間違ってしまったんだ。医者としてなんてものじゃない。人として、間違った言葉をかけてしまった。ずっと、罪悪感が消えないんだ。医者として怖いことはたくさんあるはずなのに、あのとに二人の心を傷つけてしまったことを、何よりも後悔してるんだ。
なあ、お前は、こんな風になるなよ。後悔は、ずっと残るんだ。消えることなんてないんだ。ずっとずっと、苦しいんだ。自分のことが大嫌いになるんだ。俺はお前に、そんな風には、なってほしくないよ」
彼は僕にそう言い聞かせた。
そして僕は。
***
「んぎゃ」
二〇〇八年。僕はコンビニの前で友人とぶつかった。
全速力で走っていたから、物の見事に二人で倒れ込む。僕が友人を下敷きにする体制になってしまい、慌てて起き上がった。
「ご、ごめん」
「なんだ、お前かよ」
「窃盗犯とでもぶつかっちゃったのかと思った」と友人は笑った。先ほどまで、僕と一緒に帰っていた友人。高校の制服。鞄。さっき別れたときと、何も変わっていない。
ああ、と僕は盛大に息を吐いた。肩の力が一気に抜ける。そうだ。そんなわけない。二〇〇八年なわけ、ないのだ。走っている間も辺りを確認していたけれど、最近僕が見た景色となにひとつ変わり映えしていなかった。正真正銘、いま、ここは二〇十八年だ。
「というか、なんでここにいるんだよ。家こっちじゃないだろ」
「そういう君こそ、なんで」
「いや、俺はこっち帰り道だし。コンビニ寄ってただけだし」
手を掴んで友人を起こす。ぽんぽんとお互いについた埃やらを叩き合うと、「で?」と友人は僕の顔を覗き込んだ。
「なんでお前は、全速力で走ってたわけ」
「……それは」
「どっか行くの」
「それは、そうだけど。でも、なんというか、もう行かなくていいかなって」
「じゃあ着いて行く」
「えっ」
「だから一緒に行こう」
そのあと「いいよ別に」「いや行く」の押し問答を五分くらいら続けてから、僕と友人は二人で歩き出した。具体的な目的地も聞かないまま、友人は着いてきてくれる。いい友人を持ったものだ、と僕は思う。
道中、僕はつい先ほど起きた出来事を友人に話した。女性ふたりに「いま何年ですか」と聞いたこと。「二〇〇八年だけど」と答えられたこと。嘘偽りなく話すと、「それは」と前置きをして、友人は「またしょうもない悪戯だな」と素直な感想を漏らした。
「逆に、僕に気を遣ってくれたのかも」
「逆?」
「僕が、過去とか未来の年数を答えて欲しいんだろうなと思って、あえてそんな嘘をついてくれたのかも」
「まさかあ」
「気の遣い方というものは、人それぞれだから」
友人は少しの間考え込み、やはり納得できないのか眉間に皺を寄せたまま首を捻った。友人のこういった素直さが僕は好ましい。
「で、それが全速力で走ってた理由?」
僕はまた返答に困る。だけど、今度こそ答えられる気がした。
「……さっき、君が言ったことだけど」
「どの話?」
「『どういうつもり』って」
「ああ、それ」
「僕は、二〇〇八年の『未来人』になりたかったんだ」
友人の反応は鈍かった。拙い僕の言葉の意味を、掴み損ねているのだろう。
「……平たく言えば?」
「僕は過去に……具体的にいえば、二〇〇八年に戻りたかった」
少し間があってから、なるほど、と友人は頷いた。夜空が近づいている夕焼けを眺めながら。
「つまり女の人の気遣いは、お前にとってジャストフィットだったわけだ」
「そう」
「でも、なんで二〇〇八年? 十年前って、俺ら小六くらいのときだろ」
「……話が長くなるかも、なんだけれど」
「うん」
この話を誰かにするのも初めてだ。誰にも言えなかった。僕にとって、ひどく恥ずかしいことだから。
「僕は父親がいて。いや、母親もいるけど、いまは父親の話をしたくて」
「うん」
「父親は、医者なんだ。そこそこ人を助けたり、治したりしてる。地元民にもそこそこ愛されてる」
「なるほど」
「十年前のある日、僕らの家の隣人さんが病院にやってきたらしい。仲のいい夫婦で、お爺ちゃんお婆ちゃん夫婦なんだけど、小さい頃から僕は公園でよく遊んでもらってた。父も母もは仲が良くて、家の前でよく井戸端会議をしてた」
「良い隣人関係だな」
「その良い隣人の旦那さんの方が、父の診療で末期の癌だってわかった」
「それは」と、友人は前置きをしてからきちんと言葉を考える癖がある。「ずいぶん、ざんこくな話だ」
「そう。ざんこくな話を、その夫婦にした。旦那さんはもう長くは生きられないって。そうしたら、二人とも、すごく悲しそうな顔をした」
「そりゃ、末期のガンって言われて、悲しい顔以外にどんな顔しろって話だな」
「でも父は、二人を慰めたかったらしい。少しでも、二人の心が軽くなるようなことを言いたかったらしい」
「仲の良い隣人なら、そう思うのは自然だと思う」
「で、父は言ったんだ」
「なんて」
「『もう八十歳ですし、寿命だと思えば』」
それは、と前置きなく、「マジか」と友人は呟いた。僕は粛々と頷く。
「言った瞬間、間違えたことには気づいたらしい。慌てて、咄嗟に出た言葉だったんだって」
「咄嗟に出た言葉ほど、怖いものはない」
「奥さんの方には怒鳴られ、旦那さんが奥さんをなだめた。『気にしないでください』と逆に慰められてしまった」
「キツイな」
「今までの、どのときよりもキツかったらしい。医者なんだから、もっとキツいときはありそうなものだけど」
「優しい人なんだろ。だから、仲良い人を傷つけちゃったのが辛かった」
友人の言葉を飲み込めないまま、僕は話を続ける。
「で、十年前、父は泣きながら僕にそのことを話した」
「泣き……」
「父は泣き虫なんだ。連ドラでも泣くし、映画館でも泣く」
「でも、なんでわざわざ息子に話したんだろう」
「自分のようにはなるなって。人の心を傷つけてしまった後悔は、一生残るから。ずっと苦しいから。お前は絶対に、こんな風にはなるな。……と、父は息子の僕に言った」
「……なるほど」
「それで、僕は、言ったんだ」
「なんて」
息が詰まる。誰にも話したことがない、本当の自分。
「『言われなくても、父さんみたいになるもんか。父さんなんか嫌いだ』」
友人は、何も言わなかった。箍が外れたように僕は言葉を零し続ける。
「僕は、あの夫婦が大好きだったんだ。すごく優しくて、色んなことを知ってて、一緒に遊ぶといつも楽しかった。本当に良くしてくれたんだ。そんな二人を傷つけた父が、十二歳の僕は許せなかった」
「…………」
「あの日から、父と一分以上、会話が続いたことがない。だから」
そこで、ようやく自分の声が途切れた。胸が抜群に痛くなっていることに気づいた。壁を殴りたい気持ち、道端でしゃがみ込んでしまいたい気持ち。色んな思いが渦巻いて、全部喉に詰まっているかのようで。
「つまりお前は」と、友人が、前置きしてくれる。
「お前は二〇〇八年に戻って、自分の咄嗟の言葉を取り消したかったんだな」
僕は何も言えなかった。ただ、一度だけ頷いた。友人は変わらず、僕の隣を歩いてくれている。
***
「お前嘘ついただろ」と友人は僕を睨んだ。
「ついてないよ。いきなりどうしたの」
「そこそこ人を助けたり、治したりしてるって言ったじゃん。そこそこって」
「言ったよ。嘘じゃないよ」
「そこそこ程度の医者は、こんな大きな病院にいない」
父の勤めている病院は、僕が住んでいる町の中で一番大きい病院らしい。市立病院というところで、「あなたのお父さんはすごいんだよ」と母に何度も言われるけれど、僕はあまりピンと来ていない。真っ白でだだっ広く、薬品の匂いが染みついた場所を、好きだと思う人はそういないだろう。僕もその一人だ。
待合室のソファに座りながら、友人はそわそわと左に右に顔を動かしている。病院に着いてから、どうにも落ち着きがない。
「お前の家って、もしかしてお金持ちなの?」
「別に普通だよ。家来たことあるでしょ」
「お前のお母様が持ってきてくれたジュース高そうな色してたじゃん」
「高そうな色って何? というか、『お母様』って呼び方何?」
そんな話をしていると、バタバタと病院に似つかわしくない足音が聞こえてきた。先に視線を向けたのは友人の方で、僕は一息遅れてからそちらを見る。
彼は誰かを探すように、右往左往に身体を動かしている。そして僕を見つけると、一目散に駆け寄ってきた。病院の常連らしきお爺さんに「先生どうしたんだいそんなに慌てて」と声を掛けられるが、聞こえていないのか彼は僕ばかりを一心に見つめた。
「ど」、と彼は言葉を詰まらせる。
「どうしたんだ、急に」
つい先ほど「病院に来たから会いたい」と父にメールを送ったのは僕だ。父のメールアドレスは数年前から知っていたけれど、送ったのは初めてだ。今日は初めてのことがとても多い。
ソファから立ち上がり、父と向かい合う。
別に、夜でもよかったんだ。帰って来てから言ってもよかった。だってもうここは二〇〇八年じゃない。いまは二〇十八年で、十年前には戻れない。病院での父の発言も止められない。父の言葉によって、あの夫婦が傷ついた事実は覆らない。言われたことも、言ったことも無かったことにはならない。
「ごめん、急に連絡して」
「いや、それは、いいんだ。ただ、こんなこと今までなかった、から、驚いて」
「患者さんの迷惑になってたらごめん」
「いや、いいんだ、大丈夫。いまは、急患とか、ちょうどいないし」
しどろもどろの声が、十年前と重なる。あの日、父は泣きながら僕に訴えた。自分のようにはなるなと言った。僕は、なるもんかと答えた。
友人がソファに座ったまま、僕の太ももを軽く叩いた。俯きそうになった顔を上げる。
「父さん」
彼をそう呼んだのは、あの日以来だ。そのことに、きっと彼も気づいている。
「思ってない」
「……え」
「思ってないから」
十年間、考え続けてきた言葉。この人に伝えなければいけない言葉。
「父さんのこと嫌いとか、父さんみたいになりたくないとか、思ってない」
無かったことにはならない。後悔は消えない。たとえ伝えても、伝わっても、消えることはない。
「ごめんなさい」
でも僕はまだ、伝えられるから。違うと否定できるから。ちゃんと、謝れるから。
「ごめんなさい、あんなこと言って」
父はぴくりとも動かなかった。動かなかったというか、固まっていた。僕が言い終えてからもそんなものだから、僕も友人もだんだん不安になってくる。この人、話ちゃんと聞いてたのか? 顔の前で手を振ると、ようやく父はハッと我に返る。
そして、ぼろっと父の目から涙がこぼれた。
「いやいやいや」
「ご、ごめん」
「職場で泣く奴があるか」
「ごめん」
「恥ずかしいって」
「ごめん」
父が先に泣き出したから、僕が泣くタイミングを完全に失ってしまう。だけど、僕だってもう高校二年生だ。小学六年生の十二歳ではない。だから、人前で泣くのは恥ずかしい。まるで父が僕の「恥ずかしい」まで背負っているようで、なんだか身が縮こまってしまう。
友人が立ち上がり、僕の肩に自分の肩をくっつけてきた。友人が小さく笑う。僕は、苦く笑ってみせる。
明日の朝、起きたら父に「おはよう」と言おう。「いってらっしゃい」も言ってあげよう。僕も、父も、自分の過去と後悔に沈み込んでいた。これからも完全に抜け出すことはできないだろう。それでも顔ぐらいは出して、挨拶ぐらいはしよう。そうしないと、僕らはずっと二〇〇八年の過去人のままだ。
父は涙を拭うと、「ごめん」ともう一回言った。「ごめんな」と、更にもう一回。僕は首を横に振る。なぜか友人も一緒に首を横に振ってくれると、父は頬を綻ばせた。
***
「お父さん面白い人だな」
あのあと看護師さんがやってきて、「なに待合室で泣いてるんですか良い大人が」と叱られて父は職場に戻って行った。僕が呼び出した手前申し訳なかったけれど、今日のことに関しては何も後悔がない、と思う。
そして早上がりだった父親と一緒に家に帰り、なぜか友人を連れ込んで晩ご飯を一緒に食べた。友人はすっかり両親に気に入られ、「また遊びにおいで」と五回は言われていた。ニコニコと頷いてくれた友人の有難みを痛感する。
月も高くなった夜九時頃。僕は友人を帰り道の途中まで送っている。その道中、友人の予想外の褒め言葉に、僕は露骨に眉間に皺を寄せた。
「あれでも、普段はちゃんとしてるんだよ。お医者さんだから頭も良いし」
「うん。俺と話してるときもちゃんとしてた」
「僕のことになると、どうもちゃんとしない」
「なるほどなあ」
ふと僕が立ち止まると、つられるように友人も足を止めて不思議そうに首を傾げる。
「どうした」
「あの……」
「うん?」
「今日はありがとうございました」
「なんすか急に改まって」
そう言われるのはわかっていたが、それでも小さく頭を下げる。気持ちというものは、きちんと言葉にしないと伝わらない。
「色々付き合わせてしまったから」
「俺が勝手に着いて行っただけだよ」
「君にはいつも気遣ってもらってばかりな気がする」
高校一年生のときからの付き合いだけれど、友人はどうにも僕に優しい。具体的なエピソードはすぐに挙げられないのだが、たとえば今日のことのような、気付くと「あれ、これものすごく優しくされているのでは」ということが頻繁にある。
友人は困ったように眉を下げて頭を掻いた。本当に至極困ったような顔をするので、小さな違和感を覚える。
「あー、えっと、お前がそんな気にする必要ないよ」
「でも」
「こっちにはこっちの事情があるので」
「事情?」
「そう。深い事情が」
「どんな事情?」
答える前に、友人が再び歩き出す。僕も着いて行って隣を歩く。友人はちらりと僕の方を見て、地面を見て、夜空を見上げる。周りには人気がなくて、外灯も少なくて、暗くて、まるでふたりきりの空間で。
「お前に下心がある事情」
咄嗟に言った、ようには見えなかった。
僕が何も言えないでいる間も、友人はこちらを見ない。ふたりの足音だけが耳に響く。
数秒にも数分にも思える沈黙のあと、ただ一言。はっきり、言葉がやってくる。
「いま言ったの、絶対後悔しないから」
いま何年、と聞かれたら。
僕は二〇十八年と答える。それがいま、僕が生きている時間。
十年前の後悔は決して消えない。僕も父も、思い出すたびに苦しみ、もがき、嘆き悶え続ける。大げさだと笑われるかもしれない。だけど僕にとって
だから、僕は一生懸命考える。友人に返す言葉。この人に応えるための言葉。
「―――それは」
二〇十八年の現実人である僕は、君に関して、絶対に後悔したくないのだから。
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