怪我をしたはずなのに

 これも一種の夢現ゆめうつつと言えるかもしれません。


 私が小学校低学年くらいまで、実家の東隣は耕作放棄された水田で、湿地のようになっていました。 

 湿地には生き物がたくさんいて植物も多彩で、兄や近所の子と毎日のように遊んでいました。

 この湿地で私は二度、ひどい怪我をしています。


 一度目は幼稚園の頃。オタマジャクシに夢中になっていた時、左腕に違和感が起きました。ふと見ると腕の内側が手首近くから肘まで、スパッと切れて表皮が裂けているのです。

 10㎝ほどだったでしょうか。傷は全く血が出ず、裂けて赤い肉が見えるのに痛みもありません。まるでカマイタチに遭ったような傷でした。

 あまりのことに声も出ないほど驚き立ち尽くしていると、一緒に遊んでいた子が気づき悲鳴をあげました。その悲鳴で怪我に気づいた兄が、私を急いで連れ帰ったのは覚えています。けれどその後の記憶がありません。

 病院へ行ったのか、傷は治療したのか、親は怒ったのか……。全く記憶がなく、傷痕も残っていません。

 兄に確認しても、そんなことあったかもしれない、よく覚えていないとの返答でした。


 二度目は小学生になってから。

 ガマノホが欲しくて折り取ろうとしたのですが折れなくて、力任せに引っ張ったのです。

 運悪く葉っぱも一緒に握っていたせいで、強引に引いた左掌がザックリ切れてしまいました。 

 出血を止める為に髪を縛っていたリボンで左手首を縛り、家へ戻ったのを覚えています。が、覚えているのはそこまでなのです。病院に行くほどではないにしろ、結構な傷だったのに傷痕も残っていません。


 怪我をした嫌な感触と肉の色、血の色は覚えているのに、どうして他の記憶はないのでしょうか。

 どうして傷痕が残っていないのでしょうか。


 夢ではなく、現実に起きたはずなのに。不思議です。


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