最初の記憶

 一番古い記憶は、何歳の頃で、どんなものですか?

 その記憶は、親や周囲から語り聞かされて形成されたものではなく、自分自身が覚えている記憶ですか?


 私の形成された一番古い記憶おもいでは、乳幼児の頃です。

 揺りかごに寝ている私を、八歳年上の従姉いとこが構いたがって駆け寄ると、近づく前から気配を察した私が、火がついたように泣き出して、従姉は近寄ることも出来なかったそうです。

 伯母や母が面白がって語っていたので、まるで自分自身が記憶しているように鮮明になった思い出です。

 乳幼児がこんな状況を鮮明に記憶するはずもなく、形成された記憶だと断言できます。


 私自身の最初の記憶は、たぶん三歳頃のものです。

 その頃の私は日がな一日、和裁をする母の背を眺めたり、与えられた絵本を読んだりしながら過ごしていたそうです。

 実際、私が覚えている記憶も、聞いた話と合致します。


 私は八畳間の東の窓際に敷かれた長座布団に、腹這いに寝転がり絵本を開いていました。

 南の窓際には和裁台が置かれ、帯地に裁つ為の印付けをする母の背中があり、寝転がった私は母の背と絵本を眺めて過ごしていました。それが私の記憶の景色です。

 ただひとつだけ、聞いた話と違う点があるのです。


 私の記憶には、部屋の隅に佇む影が存在しているのです。


 誰もこの影については口にしません。母の話にも、学校から帰宅して私や母に「ただいま」を言った兄達の記憶にも、私が見ていた影は出てこないのです。


 だから、これは間違いなく、私自身が覚えている最初の記憶なのです。



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