2ー6 邂逅
扉を開くと一気に埃っぽい空気が倉庫内からまるで濁流のように放出された。俺達はその埃っぽい空気を吸い込み咳き込んだ。
徐々に倉庫の扉が開かれ、太陽の日差しが一気に倉庫内に差し込んだ。その光が倉庫内に反射し、徐々に倉庫内の全貌が見えてくる。無造作に積まれた段ボール、使用されなくなったエアーコンプレッサー、大小さまざまな工具箱など収納されているものは様々だ。
だがそのすべてよりも存在感を放つものがあった。
それは、埃舞う倉庫内にまるで将軍のように鎮座、いや駐機してある一機の古びた戦闘機。その戦闘機は倉庫内に照らされたどんな備品よりも燦然と輝いていた。
「――この戦闘機がお前たちEチームの、もう一機の戦闘機『S-6M』だ」
ゴウイさんは腕を組みながらそう言う。
そこに駐機されてあった『S-6M』は現在ファイス育成学園で使われている『FG-1 スカイ』よりも一回り小さく、座席も一つしかない単座式だった。
またカラーリングも違いオレンジ色を基調とした『FG-1 スカイ』とは違い、ここに駐機させてあった『S-6M』は水色を基調としていた。
外見的特徴から『S-6M』が『FG-1 スカイ』に似ている点を挙げるとすれば、現行モデルの『FG-1 スカイ』と同じ低翼機で楕円翼の主翼を持っているという点と、学園名と校章が戦闘機にしっかりと刻まれているという点だけだった。見たところ学園名と校章は古びた戦闘機とは違い、真新しいものだったので最近つけたものだろう。
俺はごくりと唾を飲みこむ。これが俺が乗る予定の戦闘機か。
その『S-6M』に近づき、ボディを撫でるように触る。近くで見てみるとやはりボディは所どころに傷や錆があり、水色に塗装されてある部分も剥げている個所が多々ある。
だがボディ等に埃は少ししか付着していない。この倉庫の中では埃は機体に積もりそうだが、前もって機体を拭いてくれたのだろう。風防もしっかりと拭かれていてとても綺麗だった。
「こいつも一応メンテナンス済みだ」
ゴウイさんはフンと鼻を鳴らし、そのまま近くに置いてある棚から一冊の冊子を取り出してこちらに持ってきた。
「こいつは一応『S-6M』の仕様書であり、取扱説明書みたいなものだ。これ一冊しかないから無くすんじゃねぇよ」
そう言いながら俺の胸にその取扱説明書を押し付けてきた。一冊の古い冊子だ。
俺は付着した埃を払い、パラパラとその取扱説明書のページをめくる。すべてのページが手書きで書かれており、ゴウイさんの言っていた通りこれ一点物なんだなと思わされた。
取扱説明書の表紙にはタイトル【『S-6M』について】と書かれていた。裏表紙には殴り書きで「№6」と書かれている。
「今からこいつについて説明してやる。――何故こいつの操縦が難しいものだという点も一緒にな」
そう言ってゴウイさんは倉庫内から引っ張り出してきたと思われる埃まみれの小さい昇降台を主翼付近に置いて、それを用いて主翼の上へと上った。ゴウイさんは俺達にも来いと手招きをしたので、左右に分かれて上へと上る。
こうして主翼の上に来た俺達は、ゴウイさんの元へ集まった。
皆が集まったのを見計らったかのように、ゴウイさんは風防を開けて待っていた。
風防の中にある、様々な機械の集合体であるコックピットが露出し、俺はとても興奮していた。
このコックピットで、俺は空を翔るんだ!
反対側ではエリナがウキウキ状態でコックピットを見ていた。やはり機械が好きなのだろう。
「エノモト。こいつに搭乗してくれ」
ゴウイさんはコックピットの座席を乾いた雑巾で拭きながら俺に言った。
やがて拭き終わり、俺はコックピットに潜り込むように座席に座った。コックピット内は操縦桿やフットペダル、指針計など様々な部品が網羅していた。真っ直ぐ見るとちょこんと錆びついた照準器が置かれていた。
俺が乗ってみて初めて思った感想は「狭い」という点だ。実際に操縦席に乗った『FG-1 スカイ』よりも、より窮屈に思える。この機体が『FG-1 スカイ』よりも一回り小さいからなのだろうか?
様々な装飾品や操縦機構を見ていると、二つほど『FG-1 スカイ』には見慣れないものがあった。
それは、スロットルレバー付近にあるレバーと、左フットペダルの右側に小さく取り付けられていたアルミ製だと思われるフットペダル。この両者が『FG-1 スカイ』に見られなかった装備だ。
「……気が付いたようだな」
低い声でゴウイさんはそう言った。
「そのレバーとフットペダルは――シフトレバーとクラッチだ。構造としては街中に走っている車に類似している」
「え⁉ まさか操縦が難しいって言っていたのって……」
ゴウイさんは一息置き、
「そう、この戦闘機『S-6M』は本来の操作に加えてクラッチ操作を行いながら操縦する。とても扱いにくい代物だ」
「しかし何故そんな戦闘機がこの学校にあるんですか⁉ そもそもそんな操作方法の戦闘機を聞いたことが無いです」
「私も! そんな操縦の戦闘機初めて聞きました!」
俺が驚きの声をあげながらそう言うと、俺の声に被せるように喜々とした声でそう言った。エリナ自身も見たことが無いのだろう。鼻息を荒くしながら血走った眼でコックピット内を覗き込んできた。
俺はエリナに「狭いから」と諭しながら頭をコックピット内から離れてもらった。そんなウルウルした目でこちらを見ないでくれ。後でしっかりと見せてあげるから。
ゴウイさんは頭を掻きながら、
「こいつはな、試作機だ。だが現行とまではいかなかった代物だがな」
ゴウイさんはボディをさすりながらまるで懐かしいものを見るような目でこの戦闘機を見ていた。
「普通の戦闘機より、よりスピードが出せるようなものを当時の戦闘機設計技術者が考案したものなんだが、様々な問題点やコストパフォーマンスの面を考慮した結果、こうして暗い暗い倉庫に閉じ込められてしまった――ある男たちの技術の塊であり、夢だ」
俺達は黙ってゴウイさんの話を聞いていた。
出会って間もない関係だが、今のゴウイさんの姿は少し悲しく見えたからだ。俺はコックピット内に座っているためゴウイさんの顔しか見れないが、おそらく背中からは「哀」のオーラを纏っていたに違いない。
「ゴウイさん……」
「――さて、こんなしけた雰囲気で話してもしゃあないし、さっさとこいつの説明をするか」
そう言って、ニカっとした笑みを見せたゴウイさんが、この戦闘機『S-6M』について話し始めた。
ゴウイさんの話を聞いていき、この戦闘機について様々な事が分かってきた。
単座式単葉低翼機『S-6M』
この戦闘機の最大の特徴はやはりクラッチ操作がある特殊な操作方法だ。
本来の戦闘機はスロットルレバーにより加速・減速行動を行うが、その行動を更に複雑化させたのがこの『S-6M』という機体らしい。加速・減速を行うだけならクラッチ操作などいらなく、ただ無駄な機構なのだ。
しかし、それにはしっかりとした理由があった。
それは――クラッチ操作による動力歯車の伝達によって最終的に生み出す速度だ。
普通のスロットルは進行方向に倒せば倒すほど進むが、最終的に出せる速度の限度がある。それは昔も変わらなく、エンジンの出せる出力の七~八割程度の速度しか出せない。
だが、この戦闘機はその出力を段階ごとに分けることによって、そのエンジン本来の出力を最大限に引き出せることができるのだ。しかも各段階によって出せる速度も違うので、強弱ある速度が出せるという事らしい。
だがその開発段階中にこの戦闘機『S-6M』は資金難と直面し、機体の完成と共にこの開発自体中止になったらしい。
その他、必要な事を俺はメモしていった。この戦闘機には俺が乗る。だからこそこの戦闘機の事をもっともっと知りたかったからだ。
「最後に一ついいか?」
ゴウイさんは一通り話し終えるとそう言った。
「はい」
俺は頷き返事する。
「そうか、この戦闘機は俺――といっても他にも複数いたが、昔、当時技術者の俺が創りあげた戦闘機なんだ」
なんとなく察してはいた。
この戦闘機に対して向けていた視線など、それは紛れもなくこの戦闘機と関わって来たという眼差しだろう。
そして、あの時説明していた時の悲しい姿は、様々な思いがあっての姿に違いない。未完成の途中での開発断念によるくやしさや、完成させてやれなかったという技術者としての後悔など。俺には分からないが、ゴウイさんはこの戦闘機に対して様々な未練を残しているに違いない。
俺は目の前にある操縦桿をぐっと握った。
「エノモトよ。お前はこの戦闘機に搭乗してくれるか?」
「勿論ですよ。しっかりとこいつを乗りこなしてみますよ」
ゴウイさんの問いに、俺は間髪いれず答えた。
それは正しく、一人の
「そうか――ありがとな」
ゴウイさんは短くそう言った。
俺はコックピット内で一つの誓いを立てた。
この戦闘機と共に――上を目指すと。
それは、茨の道かもしれない。様々な戦闘機が混在していく中で、一機の古い試作機がその空の戦場にて戦うのだから。
だが、俺は逃げない。逃げたくない。一人の技術者の夢であるこの戦闘機で、俺自身の夢も叶えてみたいと思ったから。
「さて、話は終わりだ。このチームの整備科の奴は?」
「はいっ! 私はエリナ・カーウェイって言います」
「はい。俺の名前はアル・スターリングと言います。ゴウイさん」
エリナは元気よく、アルは普段の声でゴウイさんに自己紹介した。
「成る程。先ほど話した子はカーウェイ。そしてそこのデカ物はスターリングと言うのだな。もしこの機体について分からなかったことがあったら俺に聞きに来い。他の教官はこいつのいじり方を分からないからな」
「はいっ! 聞きに行きます!」
エリナは喜々とした表情でゴウイさんに返事した。恐らく未知な戦闘機の整備ができることにとても嬉しがっているのだろう。今エリナに工具を持たせればすぐにでも分解しそうだ。
逆にアルは「はい」と無機質な声で言った。エリナとの温度差がとても激しい。
「さてと、んじゃそろそろ格納庫に戻ろうか。書いてもらう書類もあるしな」
俺はコックピットから降りて、風防をしっかりと閉める。
そして俺達は格納庫へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます