2ー5 戦闘機との対面

「ところでソウタ。確か戦闘機の貸し出しがあるって言ってたよね?」


 アルにくらった拳骨の痛みから解放されたエリナは、それまで痛がっていた態度とは一転、とても好奇心旺盛に満ちた表情でこちらを見ていた。

 手には持参していた工具箱の中から取り出したであろうモンキーレンチが握られていた。

 まさか、分解するつもりはないだろうな?


「そうだな。そのチームの空闘科――ここでは俺とアリスがその対象だな」

「じゃあさ、早くその貸し出しされる戦闘機見に行こうよ!」


 エリナは俺を急かすように言う。というより、もう一人で行ってしまいそうな雰囲気だ。鼻息も若干粗い。

 他にもグレイ教官から頼まれた伝言という名の諸連絡も、残るは全然重要ではない物なので別に戦闘機が駐機されている格納庫に向かっても問題はないだろう。俺も自分が乗る戦闘機を見てみたいしな。


「んじゃ見に行きますか。エリナは良いとして、他の人はどう?」


 俺はエリナを除く、皆に聞いてみた。


「別に大丈夫よ。私も自分の乗る戦闘機をすぐにでも見に行きたいしね」

「わ、私も大丈夫です」

「無論俺も大丈夫だ。――まあお前らが乗るんだからあまり関係ないけどな」


 満場一致で、俺達のチームの戦闘機を見に行くことになった。






 実習場戦闘機格納庫。

 ここには様々な実習に使用される戦闘機が駐機されてある。種類としては主に初心者向け競技用戦闘機である『FG-1 スカイ』が大多数を占めている。年数や型式は若干違うが、カラーリングはオレンジ色を基調とした明るめの戦闘機となっており、素人目から見ればどの戦闘機が最新モデルなのか見わけがつかない。

 格納庫の中を駐機されている『FG-1 スカイ』を見ながら、俺達はこの格納庫の責任者のところに向かっていた。

 途中エリナが「この戦闘機、FGモデルの記念モデルだ!」や「このスカイは結構マニアックな仕様が施されてるね」など、他にも専門用語等を使用し、うんちくを垂れながら興奮気味で周りの戦闘機を見ていた。

 そんな戦闘機に夢中になっているエリナの首元をアルは引っ張りながら、俺達は責任者室へと着いた。

 俺は早速責任者室にノックをする。


「すみませーん」


 すると「はいはい」と気の抜けた声がドアの向こうから聞え、その扉が開いた。


「はいはい、どちらさん」

「あっすみません。空闘科一年のソウタ。エノモトと言う者ですが……」

「あー、お前さんがエノモトね。戦闘機貸し出しについてだろ。……ついてきな」


 この格納庫の責任者であろう老人の姿が責任者室から出てくる。

 腰は曲がっており、かぶっている帽子から白髪の髪をのぞかせていた。

 だが着目すべきはこの老人が着ているボロボロのつなぎ、そして後ろに組んでいる腕に付着している黒い油だ。この方はとても長い年月と共に戦闘機の整備を行っているんだなと思わせていた。

 つなぎの後ろポケットからは作業手袋が入っており、そちらも油などの汚れでとても黒ずんでいた。

 

「……着いたぞ。この戦闘機が余っている戦闘機だよ」


 そう言って責任者の老人が立ち止まり、指をさしてその戦闘機を指さした。

 

「どれどれ」


 戦闘機を見ると、やはり『FG-1 スカイ』がそこに駐機されていた。

 だがその戦闘機は他の『FG-1 スカイ』とは結構形が違っていた。現行モデルの『FG-1 スカイ』の主翼は胴体の下に取り付けられているだが、ここに駐機されている『FG-1 スカイ』は胴体の上に取り付けられているだ。しかも主翼の両先端とも現行モデルより角ばっている仕様、いわゆる短形翼というものだ。

 他にも現行モデルとは違う点はいくつもあるだろうが、実際に細かいところを見たり操作してみないと分からないだろう。


「こいつはお前さんたちの知る通り、ロータリー社製の特殊複座式単葉機『FG-1 スカイ』だ。しかもこいつはその中でも初代に位置するものだ」

「初代っ!」


 責任者の話に食いついたのはお馴染みのエリナ。彼女は目をキラキラとさせながら責任者の老人に迫っていった。


「初代っていうと、生産台数が一番少ないと言われている別名「試作機」と言われている型式FGS-00の機体ですよね!」

「……お前さん。中々分かっているじゃねえか」


 専門用語を多用したマシンガントークを繰り広げるエリナに興味を示したのか、先ほどまで鉄仮面だった老人はエリナに対し「ふっ」と小さい笑みをこぼした。

 そのまま約五分間、エリナと老人による知識披露による談笑が続き、俺を含めた残されたメンバーは疎外感を味わっていた。 

 それにしてもよく整備された機体だ。

 俺は初期型『FG-1 スカイ』のボディを触りながら、この戦闘機の状態を見ていた。

 俺自身、整備科所属の生徒ではなく、授業――C級ライセンスの勉強の時に機体整備について多少習ったくらいの初心者だ。だがこの機体はそんな初心者目からみても分かるのだ。

 戦闘機とは大まかに大別すると〝機械〟だ。機械とは年数や使用頻度、その他要因が重なって劣化していくもの。戦闘機も同様に年数を重ね酷使していくほど劣化していき、やがて故障していくのだ。

 だが発売されて二十年以上過ぎているこの初期型『FG-1 スカイ』は、外装から見てもとても綺麗で、見たところ故障個所もない。とても大事に整備されているのであろう。

 

「かなり手入れされてますね」

「おっ、そうだろ。こいつの整備は中々骨が折れるよ」

「自分は空闘科で整備については何も分からないですけど――素人目からでもよくわかります。ええと……」

「ゴウイ、ゴウイ・レイバーだ」

「はい! レイバーさん」

「俺は苗字で呼ばれるのが嫌いなんだ。名前で呼んでくれ。そこにいるお前らもだ」


 ゴウイはニカっと笑い、俺の背中をバシバシと叩いた。

 制服、油で汚れてないよね……?

 しかし、こうしている間に一つ疑問があった。


「ところでゴウイさん。もう一機の戦闘機はどちらに……?」


 それは俺達が使用する戦闘機がもう一機足りないのだ。

 ここに置かれていた戦闘機は一機だけ。各チームには空闘科の生徒が二名確定でメンバーに入っているので、各チームに二機貸し出しされるのだ。無論成績最底辺者の集まりである俺達Eチームも同じだ。

 だがここには俺達が使用するであろうが無いのだ。


「ああ、もう一機か。それならこっちにある」


 ついてこいとゴウイに手招きされ、俺達は再びゴウイさんについて行った。

 格納庫から一旦先に出て、向かった先は格納庫近くに建っている古びた倉庫だ。今現在使用される前に使われていた格納庫らしい。

 ゴウイさんの話では、この格納庫は戦争時代に実際に使用されていた格納庫らしく、戦争時代の名残みたいなものらしい。といっても今は学園の備品が積み込まれている倉庫らしいが。

 そんな話をしながら、俺達はゴウイさんからそんな話を聞きながら、その旧格納庫へと着いた。

 その旧格納庫もとい倉庫をみると、確かに経年劣化が進んでおり、今にでも朽ち果てそうな雰囲気を発していた。建物周りにはよく分からない植物のつたも巻き付いており、鉄製の扉は見事酸化され錆だらけだ。

 扉の前までくると、前を歩いていたゴウイさんが急に俺達のほうに振り向いた。曲がった腰をシャキッと直し、つなぎの袖をまくったのち腕を組んだ。その腕はとても筋肉がついており、整備の仕事の大変さがうかがえた。


「因みに今から見せる戦闘機はお前たちが乗ることになっている機体だが、先ほど見せた初期型『FG-1 スカイ』よりも操縦が難しいものになっている。それも比べ物にならないくらいにだ」


 ゴウイさんの声がその場に響く。声以外に聞こえるのは吹き付ける風の音とそれによって擦れあう草木の音だけだ。

 俺はゴクリと唾を飲む。とても張りつめた空気だ。


「だからこそこの機体はエノモト、お前に乗ってほしい。この機体は恐らく……そこのお前、名前は」


 ゴウイはアリスに指さした。


「アリス・マクロードです」

「そうか。マクロード、お前のC級ライセンスの実技講習を見ていて、俺はお前に今から見せる機体は恐らくだが乗れないと思っている。だからお前はあの初期型『FG-1 スカイ』に乗れ。いいな」

「わ、私だって練習すればきっと……」

「いいか、『エア・ファイティング』ってのは命を落とすことだってあるんだ! 俺はマクロード、お前の事を思って言っているんだ。あんな三流――いや四流のお前の操縦では絶対にどこかで命を落とす。それだけじゃじゃ馬な機体なんだ」


 アリスはぐっと拳を握っていた。歯も勢いよく食いしばっている。怒りを抑えているんだろう。

 ゴウイさんは扉に鍵をさし、その扉から「ガチャリ」という音を聞いたのち、


「諸々の話は後だ。今は取り敢えず見てくれ」


 そう言ってゴウイさんはその筋肉を駆使して、重々しい鉄製の扉を開けた。 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る