2ー4 リーダー決め

「さて、自己紹介も終わったことだし少しいいかな?」


 Eチームとして結成した俺達が談笑を始める前に俺はチームの皆に伝えることがあった。

 それはチームの元に行く前、グレイ教官から頼まれた伝言の事――すなわち俺達がこれから一つのチームとしてやらなければならない事やその他諸連絡をチームの皆に伝達するという事だ。

 特に俺達はEチーム。今年特例で創設された前例に見ないなので、他のチームとは少し違う。それを俺はグレイ教官から説明してくれと言われたのだった。


「何々?」

「実は色々と決めることとかがあるらしくてね。それを言いたいんだよ」

「成る程ね、例えば? まさかチーム名とか?」


 エリナはキラキラとした目でこちらを見る。

 確かにチーム名を決めるのも重要な事だ。だが今はチーム名よりも重要な事があった。


「チーム名も大切だけど、今一番重要なのはこのEチームの代表生徒、つまりリーダーの選出だね」


 チームにおいてリーダーはとても重要な役割だ。

 一般論だが、こういう団体を結成するにあたり、やはり指揮をとる人は必要だ。潤滑なチーム運営においてコミュニケーションも必要な要素の一つだが、しっかりと指揮をとることによって決められた役割を円滑にこなしていけばより効率化が図れる。

 そして『エア・ファイティング』の参加にも必ず代表責任者リーダーの氏名も書くのは鉄則だ。また『エア・ファイティング』に出場するにも様々な書類を記入をする事になっており、この書類は基本そのチームのリーダーの直筆が基本なのだ。

 そして俺達はファイス育成学園に通っており、大会出場に当たり学園にも様々な書類提出が義務づけられている。その書類記入もリーダーが行う仕事なのだ。

 俺はリーダー選出にあたり、そのような業務があるという旨を皆に伝えた。


「え……、それってほぼ雑用じゃん」


 エリナは引くような声でそう言った。

 確かにリーダーと雑用は紙一重だと思っている。グレイ教官から聞いた時に俺も思わず心の中で「雑用じゃん」と思ってしまった。

 まあ必要な事に変わりはないが。


「まあそうだけど……。でもこれ決めないと先進まないからね」

「そうか、ならエリナ。お前やれ」


 アルが指をさしながらエリナに言った。


「え~、面倒くさいのヤダ」

「お前を抑制させるためだ。いっつも暴走するから、お前は書類仕事でもやってその心を落ち着かせるんだな」


 エリナはブーイングをする。だがアルはその姿を一向に見ないで俺に、


「別にリーダーってやつは整備科の人間がやってもいいんだよな?」

「うん。大丈夫だよ。空闘科の人でも良いし、気象・管制科の人がやっても大丈夫って教官が言ってたし。無論整備科の人もオッケー」


 俺の返答を聞き、アルは再びエリナのほうを向く。


「だとよ」

「絶っ対にならないよ! てかアル知ってるでしょ? 私があれな事を……」

「あ、ああ……あの事か」


 二人ともバツが悪そうにそう呟く。


「何かあるのか?」

「ああ、ソウタ。こいつな字が壊滅的に汚いんだよ」

「てへっ」


 呆れ声でアルはそう言った。

 確かに字が汚いというのは書類作成・記入において最も問題視される。字が汚ければ、特に学園側の書類において受理されるかどうかというところだ。

 てか舌を出して「やっちまった」というポーズをやめてくれよエリナ。とてもアホっぽいぞ。


「一回ここに自分の名前を書いてみて」


 俺胸ポケットに入れていたメモ帳とペンを取り出し、エリナに渡した。

 エリナは俺からその二点を受け取り、さらさらとペンをメモ帳に走らせた。

 

「はいっ、こんな感じだよ」


 メモ帳を受け取り、文字を見てみる。

 はっきり言ってエリナの文字はアルの言っていた通り「壊滅的に汚い」文字だった。

 ミミズが無造作に動いた後を描いているような実に難解な文字。寧ろここにちゃんと名前が書かれているのかでさえ疑うレベルだ。

 流石に小さい子供もこのエリナの字よりはマシな字を書けるぞと思ってしまった。

 

「こ、これは……」

「た、確かに少し汚いですね……」


 俺のメモ帳を覗き込んでいたアリスとマリーもそれぞれそのような言葉を呟いていた。

 

「ちょっと二人とも直球すぎない⁉」


 エリナはがくーんとうな垂れてしまった。

 本当に感情の起伏が激しい人だ。

 だがそろそろ決めないと他の事も決まらなくなってしまう。他にも伝えることだって山々だ。


「取り敢えず……、アルやってみない?」


 とにかく今は手当たり次第に聞くことにした。

 アルは首を横に振り、


「すまん。書類事は少し苦手でな。他の奴のほうがまだできるだろ」


 この中でリーダーシップに富んでいそうなアルが断った。

 

「じゃ、じゃあマリーは……」

「す、すみません……。私には無理ですぅ~」

「じゃあアリ――」

「無理ね、面倒くさいのは正直やりたくない」


 もうどうしろっていうんだ。

 皆が皆やりたくないと言い、俺は苦虫を嚙み潰したような表情をした。

 

「……じゃあ一先ず俺がやるよ」


 俺がそう言うと、


「最初から貴方がやればよかったのよ」

「さんせーい」

「問題ない」

「よ、よろしくお願いします」


 と皆一同に口をそろえて言った。

 本当に誰もやりたくなかったんだな……。

 俺は溜息をつきつつ、他に伝えることを話した。


 それは、俺達の事についてだ。

 

 俺達は異例のEチーム。つまり何か特殊な事があったからこそEチームになったのだ。 

 グレイ教官はEチームの事を『成績最底辺者の集まりだ』という事をあの時俺に伝えていた。何が成績最底辺かは人それぞれによって違うと思うが、そんな人たちがこうして一つに集められたのだろう。

 俺もなんとなく想像できる。こうしてここにいるのは多分C級ライセンス学科試験の時の結果だろう。寧ろ空闘科はC級ライセンスの時でしか判断できないはずだ。他にテストもとかも行っていないしな。

 

 そしてもう一つ。Eチームについての待遇の事だ。

 ファイス育成学園。ここは『エア・ファイティング』の選手である『スカイファイター』の育成や関係する整備員や通信士の育成を主としている。それが他の教育機関とは違うファイス育成学園の〝基本〟だ。

 強者こそが好待遇を受け、弱者は必要最低限の待遇しか受けられない。これはここでの常識だ。

 となると答えは一つ。

 俺達Eチームはここでの成績最低チームであるDチームである待遇よりも下の待遇であるである待遇しか受けられないという事だ。

 俺はその二つの事を簡潔に伝えた。


「成績最底辺ね……」


 アリスは少し動揺した口ぶりで言った。恐らく思い当たる節でもあるのだろう。


「えー、成績最底辺なの? 何それウケる」


 とても能天気な口ぶりでエリナは言った。


「あー、たぶんあの時か……」

 

 と、アルも頭に手をあてながら、飽きれたような口ぶりでそう呟いた。

 マリーは特に何も言わなかったが、情緒が先ほどより不安定だった。

 皆やはり思い浮かぶ節があるのだろう。一人一人渋い表情をしていた。――エリナを除いては。


「それで、私達の待遇って一体……?」


 アリスが俺にそう言ってきた。


「ああ、そうだね。待遇は大まかに分けて三つ。資金、飛行機、その他の三つだ」


 俺は三本の指を立てながら皆に説明した。


 一つ目は資金。つまり活動資金だ。

 『エア・ファイティング』はとにかくお金がかかる。大会参加費や保険を含めたお金はそこそこかかるが、そこまでではない。

 一番費用がかかるのはやはり『スカイファイター』の命。商売道具である飛行機――戦闘機にかかる修理・維持費用だろう。

 戦闘機は学園側から貸し出しされるが、使用する燃料費やオイル交換費用、更に戦闘機の壊れた個所を修理費用、その他諸経費用はチームが負担することになっている。

 そこで学園側からある一定の年間ごとに活動費が与えられ、その資金を元手に大会等に出場するのだ。

 その資金はA~Dチームによって増減される。勿論Aチームは活動費が高く支給され、Dチームは活動費が低い。実力主義所以の資金割り当てだ。

 そう考えるとEチームはDチームよりも少ない。活動費はDチームに比べて雀の涙程度の資金しかもらえない。


 二つ目は貸し出しされる飛行機、つまり競技用戦闘機だ。

 戦闘機は個人で所持するには高額の代物だ。無論俺達学園生が一人一台所有できるものではない。親が金持ちという例外を除いてだが。

 だからこそ学園側は各チームの空闘科の生徒に戦闘機『FG-1 スカイ』の貸し出しをしている。たった一種類の戦闘機とはいえ、学園に在駐している『FG-1 スカイ』の一台一台は製造年数・型式が違う。

 なので、Aチームの空闘科所属の人達から順に自分の貸し出し使用ができる戦闘機を好きに選んでいけるのだ。

 だが俺達Eチームはあまりものの戦闘機しか貸し出しさせてもらえない。その戦闘機と一年間のパートナーという事だ。


 三つ目のその他――先ほど二つ挙げた待遇以外についてだ。

 細かく言えば様々あるが、その中でもはっきりと待遇面で優劣がつくのは、各人チームに与えられるだ。

 活動部屋では主に飛行服の着替えやその他実習に使用するものの収納・管理をこの部屋でしたり、試合での作戦ブリーフィングを行ったりするのに活用される。

 そんな部屋がチームによって部屋の広さや設備が違ってくるのだ。

 AチームやBチームは実習場である飛行場に隣接されている建物に一チームごと割り当てられている。設備は勿論豪華で、ホワイトボードやテーブル、椅子といった必要最低限常備されているものから、学園側にいくつか希望が出せるらしい。ちらっとここに来る前に聞いた話では、どこかのチームが「コーヒーメーカー頼もうぜ」と言っていた。本当に何でも頼めるんだな。

 CチームとDチームはこの建物から少し離れた「旧館」と呼ばれている建物に一チームずつ割り当てられる。

 設備は勿論必要最低限。CチームはDチームより少し常備設備が豪華になるくらいだ。

 このようにA~Dチームは各チーム待遇は違くとも、部屋が与えられるのだ。

 

 だが、俺達Eチームは――部屋の割り当てが無い。学園側から部屋が与えられないのだ。

 

 ここまでくると本当に実力主義だなと思わされる。実際にこうした俺達Eチームの待遇面からしても分かってしまう位に。


 俺は待遇面三つの説明を皆に行った。

 皆一様にEチームの待遇の悪さに言葉を失っていた。まあそうだろう。ここまで違うのだから落ち込むくらい当然のことだ。

 

「薄々感じてはいたけどやっぱり私達の待遇って最低限を突破している底辺なのね……」

「そ、そうだねアリスちゃん……」

「ま、まあ大丈夫でしょ! アリスもマリーもそんな気を落とさないで! 明日を見ようぜ!」


 うな垂れるアリスとマリーをエリナが男前に励ましていた。

 俺とアルは互いに顔を見合わせて、「ふっ」と乾いた笑みをこぼした。アルもこれ以上の待遇にはならないだろうと思っているのだろう。

 

「ま、まあ雀の涙ほどだけど活動資金もらえるんだから大丈夫でしょ!」


 俺もこの場の重い雰囲気を吹き飛ばすような声で、この空気を断ち切ることにした。このまま暗い雰囲気でチームが始まってもしょうがない。こんな調子でやっていたらそのうちどこかで重大なミスを犯すかもしれない。

 今は冷静に、そして明るい雰囲気で活動するのが大事だ。

 

「まあ、そうね。貴方の言うとおりだわ」

「は、はいっ」

「まあさ、こんなとこで落ち込んでいても時間の無駄だし、もっとおハナシしようよ。ねえ、ねえ」

「エリナ、お前はもう少し危機感を持て」


 ゴツっ!


 この重たい雰囲気はアルが放った拳骨とエリナの悲痛な声でどこかに

飛んでいってしまった。


 

 



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