2 『エア・ファイティング』チーム結成

2ー1 ライセンス証

 一週間が経った。

 正直この一週間はとてつもない疲労を味わうことになった。

 

「つ、疲れた……」


 俺は教室の机にうな垂れる。上半身は石のように固くなっており、また体全体に重量物を乗せられたかのように動かない。また下半身は足の筋肉に力が入らず、立ったとしても一歩踏み出すのが辛い。

 クラス全体としても俺と同じようで、皆一同に疲れを露わにしていた。

 

 この一週間、俺達はC級ライセンス取得の為の実技講習を受けていた。


 学科合格した俺達が行うべき講習。これは『エア・ファイティング』のライセンス規定に定められているのだ。安全に飛ぶための技術を身に着けるという名目でこの実技講習は行われている。因みにB級から上のライセンス取得には技能試験も含まれるらしい。

 俺達はこの実技講習で一週間みっちりと戦闘機の基本操作から、整備・点検の初歩的な指導などを学んだ。

 それはもう嫌になるほどに。

 戦闘機の操作は教官とマンツーマンだった。ファイス育成学園の実習戦闘機『FG-1 スカイ』は複座式なので教官が後ろに搭乗して、無線で交信しながら俺達生徒が操縦するという方法で行われていった。

 操縦するたびに無線から聞える怒号に近い声。「もっと速度をあげろ」や「もっと水平に飛べ」など、戦闘機の基本的な事をスパルタで叩き込まれた。それを何回も。

 俺ではないが、一人の生徒が操作不良が原因なのか墜落しそうになっていた。まあ反重力による『安全装置』が装備してあるので、地面に触れずにしっかりと浮いた状態で傷一つなくその子の戦闘機操縦講習が終わった。

 グレイ教官曰く「この事例は新入生に必ず一人はいる」という事だ。

 

 また、この戦闘機操縦講習以外の時間は整備・点検講習が行われた。

 この講習は〈機体整備基礎〉の実践的活用として学ぶ。座学で学んだ知識をしっかりと技能でもできるようにするのだ。

 しかしここもスパルタだった。

 ここの担当教官、ギブソン教官の怒号は当たり前。しまいには両口スパナが飛んでくるという始末だ。その光景は講習と言うよりは戦場そのものだった。

 思い出すだけで身震いがする。トラウマものだ。


 そんな地獄の一週間が過ぎていったのだ。


 今日はその講習が終わっての初実技授業の日だ。

 しかし、俺達はグレイ教官は俺達に教室待機を命じられこうして待機している。

 いつもなら談笑していてもおかしくないが、やはり実技講習の疲れが抜けていないので皆一同にだらけてたり、机に突っ伏している。それが今の現状だ。

 

「あー眠い」


 隣に座るガイを見ると、もうすでに寝息をたてながら夢の中へと堕ちていた。

 ほんとよく寝る奴だ。お前は赤子か。

 誰かから回って来たと思わしき欠伸をしながら、俺は頬杖をつきただぼーっとしていた。

 あの実技講習の時を思い出していた。

 初めての戦闘機操縦。初めて〝空〟という世界を味わった。この光景は本当に

良いものだと思った。

 子供のころ、手を伸ばし心から願った空の光景――俺はその夢の一端を叶えた。

 学科試験はギリギリだったらしい。だが、何とかへばりつきこうして空を飛べるようになった。

 

 あとは――


 その時、勢いよく教室の扉が開いた。

 入って来たのは勿論グレイ教官。まあ勢いよく扉を開けて入ってくる教官はグレイ教官ぐらいしかいない。

 グレイ教官は教卓の前に荷物を置く。何やらカードみたいなものだ。


「待たせてすまん。では今からライセンスカードを配布する。名前を呼ばれたものから順次取りに来るように」


 そう言い、グレイ教官は一人ひとり名前を読み上げてゆく。

 

「ライセンスカードか……、やった!」


 隣でガイがガッツポーズしながらまだかまだかとそわそわしながら待っていた。

 俺もガイほどではないが、少しそわそわしていた。自分のライセンスカードがもらえることに少し興奮している自分がいるようだ。


「ソウタ・エノモト」


 名前が呼ばれた。

 俺は「はい!」と返事をして、グレイ教官のいる教卓の元へ向かう。その足取りはとても軽かった。

 教卓の前にグレイ教官と対面するように立つ。

 グレイ教官は、


「ソウタ・エノモト。合格おめでとう。これがC級ライセンスだ」


 と言い、C級ライセンスカードを手渡された。

 俺は「ありがとうございます」と言いながら受け取る。


「さて、これから講習より激しく、より実践的な訓練になるが、しっかりとついて来いよ?」


 グレイ教官は挑発するかのようにそう俺に告げた。


「臨むところです」

「せいぜい根をあげないように頑張れよ」


 そう言い、俺は席に戻る。

 席に戻った後、俺は自分のライセンス証をしっかりと見てみる。

 ライセンスカードには自分の名前と今日付けの取得日、そして右上には自分の胸上写真が貼られていた。

 そして何より存在感を放っていたのは、ライセンスカードの一番上に書かれてあった『エア・ファイティング C級ライセンス証』という言葉だった。俺はこの言葉にとてつもない感動を覚えていた。

 とうとう、これで俺も……


 ライセンスが全員の手に行き渡り、皆一同に喜びの声をあげていた。

 ガイも「うおっしゃあぁ!」と喜びの声をあげながら、席の隣で腕立て伏せをしていた。何故腕立て伏せをするかは謎だが。

 そんな喧騒に包まれた教室をグレイ教官は咳払い一つで静寂へと戻す。 


「黙ったな……、浮かれるのは良いが今は授業中だ。けじめはしっかりとつけろ」


 グレイ教官は紙を手に取り、


「ではライセンスを配ったことで、お前たちには数点連絡事項がある」


 内容はこんな感じだった。


 一つ目は実習服である飛行服等の採寸が次の時間にあるから多目的ホールへ移動するという事。

 実技講習で着ていたのは、学園の貸し出し品だったようだ。確かに少しきつく、パツパツだった生徒や、逆にゆるくてぶかぶかな格好だった生徒が多々存在していた。

 なのでライセンスを取得した生徒はこうして個人の飛行服を採寸して業者に頼むらしい。これで自分に合った飛行服で実習に臨めるという事だ。

 因みに実習服は飛行服だけでなく、〈機体整備基礎〉の実習用のつなぎも実習服だ。この服装で今後の実習を行うという事だ。


 二つ目はライセンスカードやC級ライセンスについての諸連絡だった。

 ライセンスカードに関しては、紛失・破損等の再発行についての手続き方法や、ライセンス更新について、C級ライセンスの学科試験の時に勉強したことが言われた。

 そしてC級ライセンスについては、主に試合の事について説明を受けた。

 C級ライセンスは『エア・ファイティング』の初心者の為にあるようなものだが、このC級の位でもしっかりと公式的な大会があるらしい。

 勿論での試合でだ。

 その大会参加等についての説明を受けた。このC級ライセンスを持っていれば、C級ライセンス所持者の『スカイファイター』の出場が可能らしい。

 参加は自由だが、出場には学園に「大会出場参加届」と「機体貸出願」の二種類の書類を提出することが義務づけられているらしい。

 この二種類の書類を学園側に提出しなければ、停学。最悪退学にもなるという事らしい。うん、忘れないようにメモしておこう。


 大まかな事はこれくらいだった。


 その後、グレイ教官は皆に赤が目印の生徒手帳が配られる。

 俺は配られた手帳をぺらぺらとめくる。

 そこには、細かな字がぎっしりと書かれており、事細かに学園規則や先ほど口頭で説明を受けた届出についての規則など、様々な規則が堅苦しい文章でびっしり書かれていた。

 う、うわぁぁ……、メモしといて正解だなこれ。

 俺は若干引いていた。いや、ここまでびっしり書くとか、もうちょい見やすくしてほしかったな。

 そんなことを思っているとグレイ教官は、


「さて、お前らはこうしてC級ライセンスを見事取得して、公式の大会に出場できるようになったわけだが、お前らはまだこのままでは出場できない」


 教室が一斉にガヤガヤしだした。

 皆一同、頭には疑問符がついているかのように見えた。


「教官、それはどういうことででしょうか?」


 そう席を立ちあがったのは、あの優等生じみたマルコ・ユクスキュルだった。彼はそう言って教官に回答を求める。


「ユクスキュル。説明をするから一旦席につけ」


 そう促され、マルコは席に座る。

 恥ずかしい奴だ。


「お前たちがまだ公式の大会に出場できない理由。それはからだ」


 そしてグレイ教官は教室内の空気を掌握したまま、


「なので、説明をしながら今ここでチームの編成を発表する」


 と告げた。


 


 


 


 

 

  

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