1ー8 初めての空
俺達はグレイ教官に案内され、格納庫に併設されている更衣室に案内される。
男女別に分かれ、俺達はサイズ別に分けられた飛行服に着替え、飛行帽とゴーグルを小脇に抱えて教官たちの元へ行く。
教官の前に整列する。グレイ教官は飛行帽を頭にかぶり、服装を確認する。
「お前たちも服装確認しろ。二人一組になって指差呼称で確認しろ」
俺達は二人一組に向かい合い、互いに人差し指でチャック等を「ヨシッ!」と確認しあう。
そして確認し終え、再びグレイ教官のほうに向きなおる。
グレイ教官は他の教官に指示をして、
「では今から戦闘機に乗る。お前たちは後部座席に乗るように。では学籍番号から順に乗るように。余った奴は待機だ」
そして学籍番号の早い順からグレイ教官に指示された戦闘機に乗りこんでいく。
やがて戦闘機は次々とレシプロエンジンの音を立て、滑走路へと向かっていく。
滑走路に着いた戦闘機は急加速をしていき、
そのまま――離陸する。
揚力を受け、飛ぶ戦闘機。
その光景は、かつてあの時見た戦闘機そのものの光景だ。雄大な大空を戦闘機が駆けていく。その光景に俺は魅了される。
飛び立った五機の戦闘機は各々旋回や急上昇、急降下など様々な飛び方を行っている。
そして、それらの飛行機は着陸してくる。
滑走路いっぱいを使って減速する戦闘機。主翼からエアブレーキを展開し、徐々に運動エネルギーが失われていく。
安全な速度まで速度を落とした戦闘機は惰性で駐機場へと向かい、再びエアブレーキを展開させ、運動エネルギーをゼロにさせる。
やがて駐機する戦闘機。その機体は太陽に照らされ、神々しく光る。
コックピットから搭乗していた生徒が下りてきて、次の生徒と代わる。
「どうだったんだ?」
一人の生徒が下りてきた生徒に駆け寄り、質問をする。
「……俺、頑張ってよかったよ……」
そのまま降りてきた五人は俺含めた数人を除いた生徒に囲まれ、そのまま質問攻めにされていた。
俺はその光景を傍目に、今飛び立とうとしている戦闘機のほうを見る。
徐々に唸りをあげるレシプロエンジン。プロペラは回転数を上げて、いつでも飛び立てる準備をしている。
早く――乗りたいな。
そして一時間後。
ついに俺の乗る番が来た。
俺は指示された戦闘機へと向かう。今俺は過去最大に浮かれているであろう。とても足が軽い。
戦闘機に着くと、操縦席に座っていたパイロットである教官が「少し待ってて」といい、俺はその場で待たされる。
その教官は速足でグレイ教官の元に行き、何やら話をしている。
なんだろうか?
やがてその教官は格納庫のほうへと向かっていき、グレイ教官が俺の元へと向かってくる。
俺の元に着いたグレイ教官は、
「あの教官の代わりに俺が操縦することになった。準備しろ」
と言い、グレイ教官はコックピットに乗り込み準備を始めた。
俺も乗り込み、座席ベルトを着用する。コックピット内は思ったより狭く身動きがとれない。だがそのことに少し感動していた。
「おい、エノモト。そこにある通信装置を着用しとけよ。そうしないとエンジン音で互いに話せないからな。だからつけとけよ」
グレイ教官は通信装置がついている部分に指をさし、そう指示する。
俺は指示された通り、通信装置についていたイヤホンとマイクを一旦飛行帽を取り、着用してから再びかぶった。
そして、最終確認を行い、完了後にグレイ教官に伝える。
グレイ教官は頷き、キャノピーを閉める。
『では、飛ばせるぞ』
イヤホンからグレイ教官がそう言うと、レシプロエンジンが作動し、回転数が字徐々に上がっていく。唸るエンジン。機体全体にはレシプロエンジンの振動が伝わる。
駐機場から動き出す戦闘機『FG-1 スカイ』。タイヤが動き出し、滑走路へと向かう。
『こちら「FG-1 スカイ」搭乗者グレイ・ヴォルグより管制塔。離陸の許可を願いたい』
『こちら管制塔よりグレイ・ヴォルグ。パイロット変更の確認はしてある。安全に良いフライトを』
通信機経由でイヤホンからそのようなやり取りがノイズ混じりで聞こえる。
俺も戦闘機に乗るようになったらこんなこともやるんだな。
そのまま俺が乗っている戦闘機は滑走路に到着する。
『今から離陸する。準備は良いな』
「はい! 大丈夫です!」
滑走路上でどんどん加速していく。レシプロエンジンはどんどん唸りをあげ、プロペラの回転数も上昇していく。
どんどんと加速していき、景色も過ぎ去っていく。
瞬間――浮遊感を得た。
戦闘機は飛んだ。主翼と水平尾翼の昇降柁をパタパタと操作されているのが見える。地上の景色はどんどんと遠ざかっていき、やがて人は点となっていった。
そして、どんどんと憧れていた空へと近づいていく。
俺はあまりにも感動してしまい、開いた口が塞がらなかった。
『――どうだ? 空の景色は』
グレイ教官から通信が入る。
俺はマイクのスイッチを起動させ、会話できる状態にする。
「はい、とても綺麗です」
俺はそのままの感想をグレイ教官に伝える。
『なんだ? それだけか?』
「はい。正直感動していて、上手く言葉が出ません」
『成る程な。まあお前たちはこれから嫌というほど空と向き合うようになるからな。覚悟しておけよ』
がははとグレイ教官が笑うのを通信機越しから聞える。グレイ教官は普段笑うことが無いので俺は少し驚いている。
他愛のない会話しながらも空を飛ぶ戦闘機。空を切り裂きながらぐんぐんと前へと向かっていく。
『そういや、エノモトの学科の成績低かったが何かあったのか? 勉強している姿を見ている分に何も問題ないように見えたのだが』
グレイ教官がド直球でそう聞いてくる。
正直教官相手には言いたくなかった。まだリオンさんに話す分にはよかった。しかし相手は教官だ。あの理由を言ったら何を言われるか分からない。
だが――本当にそれでよいのだろうか?
俺はあの日から逃げてきた。自己嫌悪してきた。
だが、もう逃げない。逃げたくない。もう慢心になっていたあの時の自分にはなりたくないと誓った。自分が納得できるように頑張ろうと誓った。
だから――これは自分への戒めだ。
俺はマイクを使用し、グレイ教官に言う。
「そうですね。最初は手こずりながら勉強しました。そしてやっていくうちにできるようにはなっていきました」
俺は空を見る。見事な蒼で染まったその空を見ながら、
「ですがそこが俺にとっての落とし穴――「慢心」でした。この調子なら合格するな、不合格になるはずが無いと。だから本番の試験で解答が一つずれていたという些細なミスを犯しました。俺の慢心がこの結果です」
コックピット内に静寂が訪れる。聞こえるエンジン音も気のせいか遠ざかっていき、だんだんと聞こえなくなっていく感覚に陥っていた。
そして、イヤホンからグレイ教官が、
『……そうか。なら、次はこのことがあってはいけないな』
と言う。
そしてそのままグレイ教官は話を続けた。
『これからお前は一人の『スカイファイター』になるんだ。確かに心に余裕があったほうがより柔軟な操縦ができるだろう。だが慢心になってしまったらそのうちに操縦を誤り、最悪の場合先ほど話した通り死に至ってしまう場合があるだろう』
グレイ教官は一呼吸置き、
『だから、今後はそのことが無いように。特に空と向き合うなら尚更だ。空はいつでも歓迎するが、お前の生命を保証してはくれない。だからこそ、慢心してはならない』
そのまま戦闘機は降下していき、そして急上昇していく。
恐らく予測が正しければ
【ローヨーヨー】は目標機を追う際に自機の速度が劣速である場合に足りない速度を降下することで補うことによって、そこから上昇して再び高度を得ながら追随する技である。
俺は初めての
俺も、こんな技を巧みに使いたい!
「グレイ教官」
『なんだ』
「俺も、このような技を覚えることはできますかね?」
グレイ教官はフンっと笑い、
『お前のその慢心だった心を無くせば、少なくとも安全に乗れるだろう。こんな技を覚えるのはお前たちがしっかりと戦闘機を乗りこせるようになってからだ。本当の戦闘機乗りになりたいんだったら、慢心せず安全第一に乗りこなすことだ』
そう言ってグレイ教官は戦闘機をさらに加速させる。
レシプロエンジンの駆動音がさらに上昇し、主翼が空を切りさく。
俺は心臓の鼓動が早くなる。おそらく興奮しているのだろう。この空を自由に飛べていることに。戦闘機越しだがまるで俺が空を駆け抜けるような気分に浸っていた。
「教官! 俺、精進します。もう自分自身を甘やかさないように、そしてこの空を俺自身の操縦で駆け抜けることができるように!」
俺は思いの丈を教官にぶつける。
正直『スカイファイター』になりたかった理由は別だ。しかし、昔思い浮かべていた自分の夢がふつふつと蘇ってきて、その感情が俺を高ぶらせる。
慢心などもうしない。だって俺は何もできないただの子供だ。自分自身を高く評価するなどただの愚行だ。
だからこそ謙虚に学ぶ。そしてこの雄大な蒼穹を駆けて、駆けて、駆け抜ける。
俺は――そのようにして飛びたい。
グレイ教官は、
「おう、お前たちは明日から『スカイファイター』に向けて歩みだす。だから簡単に根をあげるなよ?」
『はい! 頑張ります!』
元気よく返事する。
グレイ教官の「そうか」という通信が聞こえたと同時に、戦闘機を上昇させ、そしてそのまま宙返りさせる。
新たな技に興奮しながら、俺の乗る戦闘機は空を飛び続けた。
俺が夢見た光景。そしてあの約束。
そんな思いを胸に秘め、このフライトは幕を閉じた。
※
「疲れたな」
そう言って俺は寮の自室のベットにダイブする。
疲れはある。だが眠れない。それだけ今日の出来事に興奮しているのだ。
俺は顔を枕にうずめながら、今日の事を振り返っていた。
C級ライセンス学科試験合格。
そしてその合格祝いとして教官たちが操縦する戦闘機に搭乗できたこと。
空の景色はとても良かった。また、あの感動を今度は自分の腕で味わいたい。
俺は机の上に置いてある写真立てを見る。
「ごめん、少しだけ余韻に浸らせてほしいだが必ず――」
そう言って俺はベッドの上で今日の余韻に浸って、そのまま就寝した。
そして、次の朝。
念願のC級ライセンス実技講習の幕が開けたのだった。
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