1ー7 合格発表

 俺はファイス育成学園のメイン掲示板へと向かう。

 このメイン掲示板は校門と本校舎をつなぐ通路の丁度真ん中に設置してある。

 メイン掲示板は主に案内や部活動勧誘などといったものが貼られたり、今回の『C級ライセンス学科試験』の合格発表者といった資格試験の合格者を貼りだすといった事にも使用されている。

 いわばこのメイン掲示板はとても使い勝手がいい伝言板みたいな役割を持っている。

 

「やべーよ、俺合格するかな……」

「知らん、神のみぞ知る世界だからな」

「神……? そうか! どうか空の神「メビウス」よ、俺をどうか合格にしてくださいっ!」


 一緒に着いてきたガイは神頼みのつもりなのだろうか、空に両手を高くつき上げ、お祈りをしていた。まあ、今更頼んでも遅いと思うが。

 だが正直俺も今はこのガイに見習って神にお祈りしたい気分だった。

 胃がキリキリと痛む。過度の不安と緊張が俺の吹っ切れ限度を追い越して身体に侵食していく。思わず吐きそうな気分だった。


「お、そろそろだ! 早くいこーぜ!」


 先ほどまで神に祈っているほどナーバスになっていたガイだが、メイン掲示板が視界に入った途端にはしゃぎだした。

 ホント感情の起伏が激しい奴だ。

 だが俺はガイと違い、一歩、また一歩とメイン掲示板に近づくにつれ足に鉄球でも括りつけられたかのように重い足どりで向かう。


 掲示板には人が一人もいなく、俺とガイの二人だけだった。

 まだ他のクラスメイトは見に来ていないだけなのだろうか?

 だがその事を気にする暇もなく、俺は掲示板を見る。

 掲示板にはすでにでかでかと合格者一覧の紙がビシッと貼られていた。


 もう――後には引けない。


 俺は覚悟を決めて、結果を見る。

 様々な人の名前が書かれており、自分の名前を見つけるのに苦労する。取り敢えず上から順に探すことにした。


 ……。

 …………

 ……………………。


 その時俺は、今まで受けたことのないような衝撃が走った。


「俺の名前があ、あった……」


 そこには書いていないだろうと思っていた俺の名前――「ソウタ・エノモト」という字がしっかりとそこに書いてあった。

 俺は茫然と立ち尽くす。今だかつてない衝撃にとても驚いていた。

 やがて身体の奥底から嬉しさが這い上がってきて、


「や、やったーーー! やった! やったぞ! 合格だ!」


 と周りを気にせずに、奇声に近い声で雄叫びをあげる。


「ソウタも合格か!」

「ああ、てことはガイもか⁉」

「おうっ! 合格だったぜ!」


 俺とガイはその場で雄叫びをあげ、互いの合格を祝う。もう周りの迷惑を考えていなかった。

 正直、合格するとは思っていなかった。だからこそ自分自身に嫌悪感を抱いていた。ずっと自分の慢心に苛立ちを覚えていた。それらをずっと憎み、追い詰めるように……。

 今回のこの合格はおそらく、自分に少しばかりの運があってこその合格だろう。若しくは非現実だが神様が叶えてくれたのだろう。

 そんなことを思いながら合格の余韻に浸る。


 そして、しばらくその場で喜んだ後、俺とガイは教室へと戻った。






 本校舎から奏でる鐘の音色が校舎中に響き渡る。この鐘の音は午後の授業が始まるという合図だ。

 普段通り授業の用意をして席に座る。周りも小さい声で話をしているのが聞こえる。いつも通りだ。

 

「すまん、遅れた」


 教室の扉が開き、グレイ教官が入ってくる。普段は時間をきっちりと守り、チャイムと共に入ってくる教官が珍しく遅れてきた。

 いつも教官服で来るグレイ教官だが、今入って来たグレイ教官の服装は茶色で分厚い生地で仕立てられた服――飛行服だった。

 

「まずは『C級ライセンス学科試験』お疲れ様。そして――全員合格おめでとう。これでお前たちは『スカイファイター』に一歩近づいたな」


 そう言ってグレイ教官はパチパチと簡単に拍手する。

 笑顔も見せない無骨な風貌のグレイ教官がこうして拍手してくれているという事は喜んでいるのだろう。感情表現が苦手な人だ。

 だがこうして喜んでくれるのは少しばかり嬉しい。

 取り敢えず、ギリギリだろうがちゃんと合格して良かった。


「今は合格していて安堵しているが気は抜くなよ。明日は実技講習が一週間かけて行われるからな。そうすればお前たちは晴れて『C級ライセンス』持ちとなる。だから明日からの一週間、また地獄が始まるからな。覚悟しておけよ!」


 明日から実技講習と聞き、教室中が一斉に盛り上がった。

 いつもならグレイ教官は一喝しているところだが、今この時だけは大目に見ているのであろう、俺達空闘科一年に対して何のお咎めも無しだった。 

 やっと明日から自分が操縦する戦闘機が乗れる。俺はそのことを思うと今にでも騒ぎ立てながら飛び跳ねたかった。流石にそこまでみっともないことはしないが、俺は「ヨシっ!」と少し大きめな声で言いながらガッツポーズした。

 これで――夢に近づける。

 

 そんな喧騒に満ちた教室を静めるかのようにグレイ教官は一つ咳ばらいをして、


「あまり騒ぐな。他の生徒の授業の妨げになる。だから俺についてこい。――少しばかり合格祝いをしてやる」


 と低い声で言う。

 そのままグレイ教官は教室から出ていくので、俺達はグレイ教官の背中を追うように後について行く。

 校舎の長い長い廊下を渡り、やがて靴を履き替えて校舎前に集合。そしてまた目的地に向けて歩き出す。

 そして、本校舎から離れて三分。目的地であるに着いた。


 飛行場。


 その場に立っているだけで風を感じそうな真っ平らな大地にまるで存在感を放つかのように建っていた。

 周りには格納庫やその他の建物も多々あり、まさに飛行場そのものだ。


「ここは、ファイス育成学園所有の飛行場だ。ここは主に実習の際に使用する場所だ。因みに明日からの実技講習もここで行われるので場所を覚えていくように。では格納庫に向かうぞ」


 そう言ってグレイ教官は格納庫のほうへと歩き出す。それを見た俺達もグレイ教官の後について行く。

 格納庫らしき建物はかなり大きく、前はシャッターで閉まっていた。

 グレイ教官は外部に設置してあるスイッチらしきボタンを押すと、シャッターが音をたてながら重々しく開いていく。

 やがて格納庫の暗い部屋に太陽の陽が差し込み、シャッターの開閉により舞い上がった埃に反射し、キラキラと煌めく。

 しっかりとシャッターが開ききり、中を覗くとそこには子供のころから乗りたいと願った乗り物が置かれていた。


 それは――戦闘機。


 そのフォルムはかつて空を見上げていた時と同じ形の複座式単葉機だ。戦闘機の前はしっかりとプロペラもついており、存在感を見せている。

 また主翼もその存在感を示しており、胴体の下に一枚の主翼がつけられていることから低翼機と判断できる。

 流石に機体のカラーリングはファイス育成学園の所有物とあって、ファイス育成学園の校章や名前が書かれてあった。


「驚いたか? これ以外にもあるが、この戦闘機がお前たちの実習機となる『FG-1 スカイ』だ。この実習機を使用して練習していくぞ」


 この戦闘機を俺は教本に載っていた知識だけだが知っている。

 戦闘機『FG-1 スカイ』は主に『スカイファイター』を目指す人の為の入門モデル、練習機を主として使用される。

 今現役の『スカイファイター』が使用している戦闘機のモデルの要素を平均して製造されたいわば汎用機として使用される。可もなく不可もなく、初心者にとても易しく、基本の操作方法もしっかりと学ぶことができる。

 また『安全装置』もしっかりとしており、日々のメンテナンスを怠らなければ墜落といった事故を全く起こさないという高級品を使用している。

 こうしてファイス育成学園の一年練習機はこの『FG-1 スカイ』が用いられている。

 

「なんだ、驚いたか。だが覚えておけよ。お前らはこれからこいつに――命を預ける。それだけはしっかりと心に刻んでおけよ」


 そうだ、俺達はこれから空を舞うことになる。当然死と隣り合わせだ。たとえ『安全装置』があったとしても、仮に事故を起こしたら死ぬことだってあり得る。それが例え一パーセント未満の確立だったとしてもだ。

 恐らくグレイ教官はここに連れてきて、このことを言いたかったのだろう。試験に合格して浮かれている俺達にその可能性があることを伝えるために。

 俺は息をのむ。静寂。その場は緊張感に包まれ始めた。


「それだけだ。だから――死ぬなよ。絶対にだ」


 そう言って再びグレイ教官は外に出る。

 グレイ教官が空を見上げる。俺もその方向を見上げると、空には戦闘機が飛んでいた。どうやら着陸準備らしく、低空で飛んでいた。

 やがて滑走路に降りてくる戦闘機の編隊。しっかりと『安全装置』が起動しているおかげで、着陸しても地面から二ミリ宙に浮いていた。

 そして『安全装置』の電源を切ったのか、戦闘機が地面にドスっと重い音を発して接地する。

 コックピットから飛行服等の装備を身に着けた人たちが下りてきた。

 そしてその人たちはグレイ教官の後ろに横一列で並ぶ。


「では、午後の授業を始める。午後は――合格祝いだ。お前らを空の世界に連れて行ってやる」


 俺は目を丸くする。

 え、それって……、まさかっ! 


 ――今日この時間、念願の戦闘機に乗れるのか⁉

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