1ー6 苦い試験後

 俺はとぼとぼと帰路についていた。

 周りは綺麗な夕焼けでで赤く染まり、いつも見ている景色を幻想的に染め上げている。

 いつも見ているこの夕日の景色だが、俺はこの時間がとても好きだ。

 しかし、今はその景色を見たくはなかった。

 寧ろまたいつもの景色か、と嫌悪感を抱いてしまうようだった。


「はあぁ~」


 俺は重い溜息をつく。

 

 はっきり言って、この重い足どりで帰路についているのには原因がある。それは先ほど行ってきた『C級ライセンス学科試験』にある。

 最初は何事もなく、それどころか順調に問題を解いていった。

 〈航空機体基礎〉、〈機体整備基礎〉、〈通信技術基礎〉、〈航空法令〉と四科目が混合で出題されるこの試験に俺はあまり迷うこと無く、例えるなら脳が解答用紙に記入するスピードに追い付けないくらいスラスラと解答していった。

 

 そう――ここまでは良かった。良かったのだ。


 異変に気付いたのは丁度問題を終えようとしていた時だった。

 その時俺は調子よく「これは合格したかな」などと思って解答していた。一問、また一問と問題が解かれていく。

 最後の一問の時、その事件は起きた。


 そう――解答欄が一つ空いていたのだ。


 俺は目を血走らせながら再度確認し直した。

 そして気づく。最初の一問目を飛ばしていたことを。

 咄嗟に時間を見た。試験終了まで――残り十分。俺は急いで消しゴムで解答用紙に書かれた部分を一心不乱に消す。

 そして消した個所をこれまた一心不乱に記入していく。

 それくらいやらなければ『C級ライセンス学科試験』は問題数が多いので、書き終わらないのだ。

 この時の記憶はおぼろげにしか覚えていない。俺はそれくらい追い詰められていたのだ。


 そして――


「試験終了! 直ちに筆記用具を置け。今だ記入しているものは失格にするぞ。早くペンを置け!」


 無情にも試験終了の合図が言い渡された。

 俺はペンを置き、解答用紙を見る。

 解答用紙にはまだ六割強しか訂正できておらず、書ききれていない四割の問題の中にも、自分が自信をもって解けるものが沢山あった。

 俺はただ、茫然としていた。周りはガヤガヤと賑やかな喧騒に包まれていたが、俺だけ時間が止まったように静寂が続いていた。


 俺は――落ちたかもしれない。

 いや、かもしれないではない。のだ。そうしか考えられない。

 この試験の合格基準は六割以上の正答率で合格となる。なので分からなくても解答用紙すべて埋めれば正答率は上がるかもしれないだろう。しかし俺の解答用紙は六割強しか解答できていない。

 つまり、一問のミスが命取りなのだ。しかし、もう訂正したいと言っても何もできない。

 もう、この現実を受け入れるしかないのだ。


 俺はまだ意識が戻らない状態で荷物を纏める。

 筆箱にシャーペン、替え芯、そしてちぎれているあとがある消しゴムを少し乱雑に入れ、鞄に突っ込む。

 物に当たるのは良くないとは思っている。しかし、このやり場のない苛立ちは少しでもこうでもしないと解消しないのだ。


「よし、回収は終わったな。お前ら一旦帰らずに着席しろ」


 グレイ教官は皆にそう促す。

 俺は正直この教室から出ていきたい気分だが、無視して帰ろうとしてもただ大目玉をくらい、説教される未来しか見えなく、自分にメリットはないので着席する。


「よし、座ったな。では諸連絡をする。今日やったこの『C級ライセンス学科試験』の結果は明日の正午にこのファイス育成学園のメイン掲示板に公表するのでそのことを頭に入れておいてほしい。以上だ、解散!」


 そう言ってグレイ教官と他二人の教官は教室から退出する。

 その瞬間、再び教室には喧騒が広がり、とても賑やかになっていた。

 上手くいった者。あまり振るわなかった者など、多種多様な声が聞こえてきた。

 だが俺はそんな教室からいち早く出たかったので、俺は荷物を確認後すぐさま教室を退出したのだ。


 ――それで今に至る。


 教室の退出後、俺は足の力が上手く入らず、校舎の外に設置してあるベンチに座り、足に力が入るまでただ茫然と座っていた。

 それくらい俺はショックを受けていた。

 ただ、あのミス一つでだ。


 歩いていると一つの小川に着く。

 チロチロと流れている小川の水は夕日に反射され、とても眩しく幻想的だった。

 足元に転がっていた石を拾い、その石を小川めがけて投げる。

 小川めがけて投げつけられた石はやがて水面に着陸し、「ジャボッ」という水独特の鈍い音と共に水しぶきが立ち上がる。

 俺はその光景を見て、また一つ溜息をつく。


「なんであんなミス犯したんかな……」


 あのミスは明らかに俺の慢心から生まれたミスだ。

 勉強をしていく過程で様々な事を暗記していき、模擬問題ではその暗記した内容をフルに活用して高得点を出していた。

 だからこそだろう。そこで少し気を抜いていた。抜いてしまったのだ。

 合格するだろうという根拠のない自信だった。少しくらい手を抜いたところであまり痛手は負わないだろうと思っていた。


 それこそが俺の――最大の誤算であり、ミスだった。


「クソッ!」


 俺は再び石を小川に投げつける。

 少しでもこのやり場のない苛立ちを抑えつけるために、このストレスを少しでも解消させるために。

 だが、その行為はやがて虚しく思えてきた。

 この物に当たって苛立ちを抑える行為自体がとても惨めになってきたのだ。

 俺は再び嫌悪感に苛まれる。


「帰ろう……」


 夕日が沈みかけの今、俺はすべてが吹っ切れて帰路についた。


 帰ったら――泣こう。



 ※



 今日もまた、いつものように俺の部屋に朝日が差し込んできた。

 正直俺は学校に行きたくない気分だった。

 昨日の『C級ライセンス学科試験』の際の些細なミスが俺を狂わせた。その試験の結果が今日発表させるのだ。正直合格する自信がこれっぽっちもない。

 だが、正当な理由なく学園に行かなければそのうち教官からお叱りを受けることになるのは明白だ。

 なので俺は重い身体を起こし、ベットから脱出する。

 そのまま鞄の中にテキストや他に必要な勉強道具を詰め込み、学校へ行く支度をする。

 荷物の支度が終わり、欠伸をしながら寝間着からファイス育成学園の制服へと着替える。


 身支度が終了し、食堂へ向かう。

 食堂では今日もリオンさんが朝ご飯を作っており、そのおいしそうな匂いが食堂に充満していた。


「おはようございます。リオンさん」

「あら、おはようございます。ソウタ君」


 リオンさんはにこっとその美人な顔で微笑みながら挨拶してくれる。

 この挨拶のおかげで今まで試験勉強で溜まりに溜まったストレスがこの一つの微笑みで浄化されていった。

 実際に今もストレスで多少やさぐれている感じがするが、やはりそのやさぐれが浄化されていく。もうリオンさんにしか使えない一種の魔法のように思えてきた。

 俺はいつものようにリオンさんが提供台にのせてくれる料理を木製トレーにのせて、そのままお気に入りの席へと移動する。


「いただきます」


 そう言い俺は朝食を食べ始める。

 うん、今日もリオンさんのご飯は美味しいな。


「今日は確か合格発表の日でしょ? どう、合格しそう?」


 リオンさんが痛いところをついてきた。

 俺は食べていたパンを思わず食道に詰まらせてしまう。


「ゴホッゴホッ……」

「あら、大丈夫? 水持ってくるわね」

「……だ、大丈夫です」


 リオンさんが持ってきてくれた水を飲む。


「ありがとうございます。それで、合格発表の話でしたね」

「別に話したくないのなら、無理して話しなくても良いのよ?」

「大丈夫です。――おそらく俺は不合格だと思いますよ」

「どうして?」


 リオンさんは不思議そうに首を傾げながらそう言う。


「しいて言うなら――慢心、ですかね」


 俺はパンを齧る。


「最初は苦労しながら問題と向き合っていました。ですが分かるようになった途端、その問題を解くという行為が自分の中でみたいになっていたんです。だからこそ、本番でミスをしました。しっかりと確認しながら行えば誰でも気が付く些細なミス。この慢心一つが俺の首を絞めました。なのでもうどのような結果が来てもしっかりと受け止めるつもりです」


 食事の支度をしていたリオンさんは俺の真正面の席に座り、こちらを見る。そしてニコッと微笑み、


「成る程、なら今度は同じ過ちを繰り返さないようにしないとね」


 俺は食事している手を止め、リオンさんのほうを見る。


「そうですね。善処します」

「うん、善処してください。誰にでも失敗はあるわ。でもそこで学習しない人はただのお馬鹿さん。失敗したことをどう振り返って今後の糧にするかが重要なの。だからソウタ君はこれで失敗をお勉強しました。だから――今度は同じ過ちを繰り返さないでね」


 途端、俺の目から涙が出てくる。一粒、また一粒とまるで雨が降り出す瞬間のように。

 そしてその雨が本降りになるかのように――涙を流した。

 号泣。まるで泣きじゃくる子供のようだ。泣いている俺自身いい歳して恥ずかしいという気持ちがあった。しかしそれに勝る勢いで涙が身体の奥底から溢れ出してくる。

 

「すびばべんっ……」

「よしよし、大丈夫だからね」


 リオンさんに背中をさすられる。

 俺はさらに涙を流し、鼻水も同時に出始めて、顔中とてもグシャグシャになっていた。

 そのまま数分間、俺はリオンさんに恥ずかしい姿を見せながら、涙を流し続けた。






 顔を洗い、再度身支度を整える。

 涙を流した後の顔はとてもひどいものだった。目は腫れており、鼻も赤くなっていた。その顔を俺は丹念に洗い流す。


「ふうっ、――行くか」


 そして俺はリオンさんに一礼し、学園に向かった。


 いつもと変わらない学園。

 教室ではまた同じようなグループが楽しそうに話している。何の変哲もないいつもと同じ日常。

 午前の授業ではグレイ教官が『C級ライセンス学科試験』の勉強を簡単に復習した。

 そのように時は流れていき――


 やがて、正午が訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る