1ー5 試験開始
ついに迎えた――C級ライセンス学科試験。
この日の為に血反吐を吐く思いで勉強に打ち込んできた。
寝る時間も削りに削って、ニガテ克服や復習に費やしてきた。
――大丈夫だ。絶対合格して見せる。
俺は今まで自分が努力してきた日々を思いめぐらせながら、学園に入る。
今日は試験日とあって、普通ならどこかの科の生徒が実習や授業を行っているが、今日はその音さえ聞こえない。
今日のファイス育成学園はより一層静寂を帯びていた。
その静寂が、俺の緊張をより増幅させてくる。
一瞬、足が止まる。
だが、俺は自分に一つの事を言い聞かせる。
「俺は何故、どのような目的で努力し、すがるような思いでこの学園に進学をしたのか」と。
ここで立ち止まっては――俺はここにきた理由はない。
そして、再び校舎に向かって歩みだしたとき、
「おはよう、ソウタ君」
振り向くとそこには、シンジョウ先輩がいた。
相変わらず凛としたその姿は、何故か知らないがまるで俺を包み込むような安心感を与えてくれた。
「おはようございます。シンジョウ先輩。入学式以来ですね、あの時は本当にありがとうございました」
「良いの良いの、それが上級生としての務めだからね」
「ところで今日はどうしたんですか? 今日はC級ライセンス試験で関係のない生徒の人は休みと聞いていたのですが」
シンジョウ先輩はその薄紅色の唇が開き、
「そうね、建前としては教官に書類を提出しに来たの」
「本音は?」
「本音は、ソウタ君の応援の言葉をかけようかなと思って、すこし待っていたの」
そう言ってシンジョウ先輩は蠱惑的にほほ笑んだ。
それを見た俺はついドキッとしてしまう。
思春期の男にとって、その笑顔は一種の凶器だったようだ。
「からかわないでくださいよ……」
「ごめんごめん、でも――緊張は解けたでしょ?」
さっきまで緊張していた俺だが、確かにシンジョウ先輩と話していたら、緊張が気が付かないうちに無くなっていた。
寧ろ、緊張が解けすぎて少し余裕ができたみたいな感じだった。
俺はシンジョウ先輩を見る。
シンジョウ先輩はニコッと笑い、
「大丈夫そうね? 試験頑張るんだよ」
「はい、頑張ります!」
「あの時の約束、覚えているから。必ずここまで辿り着きなさい」
「ええ、先輩を迎え撃ちにいきます!」
「大口を叩くんだったら、早くC級ライセンスなんて赤子の手をひねるようにサクッと合格してきなさい」
そう言ってシンジョウ先輩は俺の背中にバシッと平手打ちを入れてくる。
今の俺にとってそれは一種の激励に思えた。
「では、行ってきます」
「貴方なら――大丈夫。頑張ってきなさい」
俺はシンジョウ先輩に一礼し、試験会場に向かった。
『C級ライセンス学科試験』
そう張り紙が張ってある教室に入室する。
試験会場はいつも授業が行われていた――空闘科一年生の教室だ。
そこで俺を含め空闘科一年は机に齧りつくように勉強を行ってきた。時に歯を食いしばり、時に頭を抱えながらこの日の為に勉強を行った。
シンジョウ先輩にも激励をもらった。あの時の約束もしっかりと覚えていてくれていた。
――頑張ろう。
昨日の授業終了の際に教官から配布された受験票を鞄の中から取り出す。
俺は番号を確認し、黒板に書かれている番号の席と照らし合わせ、指定された席へと向かう。
そこの席に貼られている受験番号シールと自分の受験番号と再度確認し、合っていることを確認し、その席に座る。
机の上に鞄の中からテキストと問題集と筆記用具を取り出す。
テキストは毎日勉強に酷使し、一週間前と比べるとかなりボロボロになっていた。中を広げると重要単語には目立つ色のペンでアンダーラインが引かれており、余白には様々なメモ書きが書いてある。
俺はテキストと開き、最終確認を行う。
「…………」
うん、不安なところはあるがある程度は覚えたぞ。
テキストをぺらぺらとめくってみてみたが結構覚えていた。
これなら合格するかな……
俺はテキストを閉じて、筆記用具の準備をする。シャーペン、消しゴム、替え芯と必要な物は揃っているので一安心だ。
「あれ? あれっ……⁉」
準備していると隣の席から少し慌てた声が聞こえた。
隣りを見ると、俺と同じ空闘科一年生の女子がそこにいた。まあ、この受験を受けているのはここの学園生だけなんだが。
「どうかしましたか……? 何か慌てていますけど」
俺はその女子に声をかける。
「あっ、ええと……」
「何かあったんですか?」
「ええと、その……、消しゴムをどうやら忘れてしまったみたいで……」
「確かに致命的だな……」
こういう試験にとって、消しゴムとは必要不可欠なものだ。
自分が回答していた答えに誤りがあると気が付いた時、消しゴムを使用することによって消すことができ、間違いを訂正できる。
例え間違えた回答をしなかったとしても、謎の安心感があるのが消しゴムだ。
消しゴムは大事だな。……あくまで個人の感想だが。
そんなことを思いながら俺は自分の消しゴムを二つにちぎり、その一方の消しゴムを彼女に渡す。
「これ、使いなよ」
「……いいんですか?」
「まあな、その為に俺の消しゴムを真っ二つにちぎったんだからね。取り敢えずそれ使いなよ」
彼女は一瞬焦った様子を見せたが、
「ありがとうございます! 使わせていただきます!」
と直ぐに返事した。
「よし、消しゴムあるからもう大丈夫だな。――試験頑張ろうな!」
「はい!」
そう言って俺は自分の席に戻り、再びテキストを開き最終確認をし始めた。
それから数十分後。
教室の扉からグレイ教官を含め、三人の教官が教室内に入室してきた。
小脇には厚めの茶封筒が挟んでおり、その茶封筒を教卓に置く。おそらくあの中に入っているのが試験問題だろう。
グレイ教官は持ってきた荷物の中から一枚の紙を取り出し、
「これより『C級ライセンス学科試験』を行う」
と言った。
そこからグレイ教官は試験に当たっての注意事項や、不正行為をした場合の対処など色々な説明を淡々と述べていった。
その説明を受けているときも時間は刻一刻と迫ってくる。
「質問はあるか? ……無いようだな。では、今から問題用紙と解答用紙を配るので、配られたら自分の受験番号と氏名を書くように」
グレイ教官がそう言うと、他の教官二人は一席ずつ問題用紙と解答用紙を配っていく。
その間、教室には配られるたびに擦れる紙の音だけが響いた。
ぺらっ、ぺらっと一枚一枚配られていく。
やがて俺のところにも問題用紙と解答用紙が配られ、俺はさきほど言われた通り受験番号と氏名を指定された欄に記入する。
一文字、一文字と書いていくだけ緊張はさらに増していく。
そして訪れる――静寂。
その静寂が俺を蝕む。
大丈夫だろうか。きちんと合格するだろうか。
先ほどまで緊張はしていなかった。だがやはり試験開始時刻が近づくにあたり、緊張はしていたのだ。
だが、俺はふと脳裏にあの言葉が浮かんだ。
貴方なら――大丈夫。
朝のシンジョウ先輩の言葉。
朝早くに俺の激励の為に用事を済ませた後にずっと待っていてくれたと思うと、絶対合格しなければという熱が込み上げる。
その熱が緊張という名の氷河を溶かし、俺の緊張が解けていく。
ありがとうございます。シンジョウ先輩。
心の中で一礼する。
何回も先輩に助けてもらっているな俺。
よし――やってやるぜ。
グレイ教官が前に立ち、時計を確認した後、高らかに言った。
「時間が来たので『C級ライセンス学科試験』を始めようと思う。制限時間は三時間。五指択一問題だ。では――始めっ!」
一斉に問題用紙が開かれる音がした。
今――『
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