1ー4 勉強②

 窓から差し込んできた陽の光で目が覚める。

 時計を確認すると、今は午前五時。起きるには少し早い時間だ。

 しかし、今日もまたC級ライセンスの講義が朝早くから始まると昨日グレイ先生から説明を受けた。

 どうやらC級ライセンスの出題範囲は広いらしく、全員合格の為にはこうして朝早くから夕方までとにかく詰め込まないといけないらしい。


 ある程度学校に行く荷物を纏めて、寮の食堂へと行く。

 食堂ではリオンさんが朝食の準備をしているらしく、おいしそうな匂いが俺の鼻孔をくすぐる。

 

「あら、ソウタ君。おはようございます」


 リオンさんは俺に気づき挨拶をする。


「おはようございます。リオンさん」

「ああ、ソウタ君は空闘科なのね! ちょっと待っててね」


 そう言ってリオンさんはキッチンからパンとベーコンエッグと野菜サラダを出してきた。

 

「はい、どうぞ」

「すみません……、朝早くから」

「いいのいいの、空闘科一年生の早朝講習はもうファイス育成学園の伝統行事みたいなものだから。なんせ十数年も寮母をやっていれば分かるわよ」

「そうなんですね」

 

 え、この人ここで十年近く勤めてるんだ。――一体何歳なのだろう。まあ女性に歳を聞くのはタブーだ。考えるのはよそう。

 近くの台に積まれている木製のトレーを上から一つ取り、リオンさんが配膳してくれた朝食をそのトレーの上に置き、近くのテーブルに置いてあった椅子に座る。

 

「いただきます」


 そう言ってパンを齧る。とてもふわふわとしていて、小麦の風味も口いっぱいに広がってくる。  

 野菜サラダもシャキシャキとしたみずみずしい野菜が美味しくて、手が止まらない。


「美味しい?」


 支度を終えたのか、俺の向かい側にリオンさんが座る。


「ええ、とても美味しいです」

「よかった。ここの生徒は普通の学生とは違うから、特に体調管理には気を付けないとすぐに体調を崩してしまうから、栄養管理とか影ながら支えないとね」

「今後ともお世話になります」

「良いの良いの、まあまずはソウタ君を含め、ここの空闘科一年生の寮生にはちゃんとC級ライセンスを取得してもらわないとねっ!」

「善処します」

「C級ライセンス取得したら、まずは他の寮生と一緒に歓迎会をしないとね」


 何作ろうかしらとリオンさんはニコニコしていた。

 そうだ、まずはC級ライセンスを取得しないとな……

 俺は朝食を急いで食べ、リオンさんにお礼をした後、身支度を済ませて学園へと向かった。






 今日も同じように授業が始まった。

 

 今日初めの授業は〈機体整備基礎〉だ。

 昨日はグレイ教官が授業を行っていたが、今回の科目は教官が違かった。


 教官の名前は「ウィル・ギブソン」という初老のおじさんだった。

 俺が今まで見てきた教官とは違く、普通の教官は教官服を着用しているが、この教官は汚れが沢山ついている青いつなぎを着ていた

 どうやらこの教官は整備科の教官らしいが、このC級ライセンス取得期間はこうして臨時で空闘科の教壇に立って指導しているらしい。

 整備科の教官ならつなぎを着ていてもおかしくはないな。


「よろしくお願いします。まず初めに言っておきますが、この教科はきちんと覚えてください。整備科の生徒にも毎年言っておりますが、整備する機体は人命――空闘科の場合は自分の命がかかっていると思ってください。『安全装置』も『脱出装置』も万能ではない。たとえ些細な点検を行っていなければ命にかかわります。皆さん、自分の命を守るがごとくしっかりと話しを聞いていただきたい」


 こ、恐いなこの教官。

 しかしギブソン教官が言っていることは、まさしく俺達にとっては重要だろう。

 一つの点検、一つの慢心が自分の寿命を縮めることになる。想像するだけで鳥肌が立ち、恐怖が身体の奥底から這い上がるように侵食していく。

 ギブソン教官も昔にその現場を目の当たりにしているかどうかは知らないが、整備を長年やり、そのような前例を見てきたからこそ言えるのだろう。


 このギブソン教官の言葉は、命より――重い。


 俺は唾を飲む。

 そうだ、これから乗ろうとする戦闘機は些細なトラブルがやがて大きなトラブルに変わり、最悪――死ぬことだってある。 

 しっかりとそのことを胸に刻んでおこう。


 俺は〈機体整備基礎〉の教本を鞄から取り出す。


「では始める――」


 ギブソン教官の重々しい声で授業が始まった。






 〈機体整備基礎〉で半日が過ぎ、昼食後、別教科で授業が再開された。


 午後は〈通信技術基礎〉そして〈航空法令〉が行われた。

 担当教官は、管制・気象科から「ケビン・パッソ」教官が〈通信技術基礎〉を、そしておなじみ「グレイ・ヴォルグ」教官が〈航空法令〉を行った。


 午前中の〈機体整備基礎〉も内容がとても細かく、覚えるのに一苦労だったが、この二科目もとても癖があり、かつ覚える内容も多く、頭がパンクしそうになりながら授業に励んでいった。

 俺はまるで機械のようにただペンを走らせ、頭をパンクさせながら覚えている機械みたいになっている。

 もう、無理だ。覚えられん……

 俺の隣の席の主であるガイを横目でちらっと見てみたが、スースーと寝息をたてながら夢へと召されていた。

 今日の朝「学園行く前に俺を起こしてくれよ」と遅刻ギリギリで教室に来たガイに涙目で言われ、その後「しっかり勉強するからよ~……」と言ったので明日から起こしてやろうと思っていたが、結局ガイは寝ているので起こしてやるかと心の中で思った。

 全くマイペースな奴だ。


 こんな感じで、今日も授業が終わる。

 しかし、授業で習った一つひとつの科目の範囲があまりにも広く、今日一日だけで頭にインプットするのは厳しいので、夜はいつも復習の時間にあてている。

 天才なり完全記憶能力を持っている奴なら、復習をやらなくても覚えられるだろう。


 だが、俺みたいな凡人はそうみたいに上手くはいかない。


 日々の授業を真面目に聞いていても、必ず分からないところが出てくる。

 その部分を復習する対象として、重点的にニガテを潰していった。

 ニガテ以外にも自分ができた部分も一回復習を行い、確実に特異な部分を暗記していく。

 今日もこうして寮での夜を過ごす。

   





 そして、三日目、四日目と日を重ねていった。


 早朝はリオンさんが早めにこしらえてくれた朝食を食べ、学園へと向かう。


 そして、〈航空機体基礎〉〈機体整備基礎〉〈通信技術基礎〉〈航空法令〉の四教科をワンサイクルとして回しながら授業が行われていく。

 あいかわらず覚えることは多い。しかし文句を言ったところで学習内容は減らない。だからこそコツコツと覚えていくのだ。

 当初はやはり疲弊していた同じ空闘科のクラスメイト達も慣れてきたのか、流石にシャキッとした姿ではないが、特別疲れている様子も見せないで、皆一同にペンを握りながら黒板と教本をにらめっこしている。

 最初は寝ていたガイも今では頭を抱えてはいるが、しっかりと授業を聞くようになった。

 まあ、それが普通なのだが……

 また教官等にも変化があった。

 俺達空闘科がこの勉強の環境に慣れてきたのを察知したかのように、教官一同も今まで以上により密度の濃い授業を行うようになった。


 その一例を挙げよう。 


 より実践的な内容を行うため、〈航空機体基礎〉と〈機体整備基礎〉が合同に行われ、実際に実習機を使用してのの授業が行われた。

 〈航空機体基礎〉では実物を見ての機体、またコックピット内を実際に見て部位名称や使用用途等の説明を受けた。

 〈機体整備基礎〉では、実際に試験範囲に出題される機体整備をギブソン教官が実際に実演しながらの説明や、実習用の各種エンジンを実物を用いての説明、細かいところで工具名称や燃費計算方法を説明された。


 また〈通信技術基礎〉と〈航空法令〉も合同に行われ、実際に管制官との連絡方法や指定周波数など、〈航空法令〉を絡めながらより実践的な〈通信技術基礎〉が行われた。

 この時に同じ一年生の管制・気象科の生徒と合同に行われ、互いに連絡方法を学んでいった。


 実際に見学・体験して行われた授業は大変わかりやすく、今まで簡単なイラストと活字しか見てこなかったので、勉強しているときに自然にイメージが湧き、理解するのが今までより早いなと思った時があった。

 おかげで俺がニガテとしていた部分も同時に克服できたかなと勉強しながらそんなことを思っていた。


 そして夜は、俺の部屋でガイと復習を行い、互いに苦手なところを教えあったり、学科試験の過去問を解きまくり、点数で勝負もした。

 最初はやはりガイは俺よりもできなく点数も芳しくなかったが、今では俺と張り合う位になった。

 前とは大違いだ。と言ってもほんの数日前だが。

 それでもガイの学習能力に驚きつつ勉強を行っていった。


 そんな、授業、模擬試験、授業というC級ライセンスの為の学習が一日、また一日と過ぎていき――


 その日がやって来た。


 俺はいつも通りに起床し、リオンさんがこしらえてくれた朝食を済ませ、荷物を纏めて『蒼天寮』を後にする。


 行き先は――ファイス育成学園。

 

 一週間の長いようで短かった超過密な勉強日課が終わりを告げて――

 

 ついに今日、待ちに待った空闘科一年生の戦い――C級ライセンス学科試験が行われる。


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