第2話
「ったく…。翼、酒弱いって分かってるでしょうに……」
私の肩に頭を預けてくぅくぅ寝息をかいている翼を肩で軽く小突いてみせるが、何も反応はない。小さくため息が漏れる。
「よっこらせ……と」
上手く肩をずらし、落ちてきた身体を片手で支える。そのまま、膝の裏に反対側の腕を通し、立ち上がる。何回か介抱するうちに、この姿勢が一番楽な体勢だと気づいた。……これが、俗に言う「お姫様抱っこ」と言われるやつと一致してしまったのはきっと単なる偶然。
お姫様……ねぇ……。まぁ、確かに眠っていて目覚めないところは似ていると言えば似ている……かもしれないけど。
そんなくだらない事を考え、一つしかないベッドに雑に転がす。起きるかもしれないと思ったが、呻き声すらあげなかった。ふむ。どうやら、今日の酔いは相当なものだったみたい。
「まぁ、確かに今日のちょっと度数が高めかもなぁ……」
テーブルに残されたグラスを少し煽る。翼はこの通り、ものすごくアルコールに弱いし、度数の高いお酒も得意ではない。
「まったく……鋭いなぁ……」
白旗を揚げたセリフも、届かない。それでいい。届かなくて、いい。
翼に察された通り、今日の私は非常に疲れていた。主に、精神的に。
これといって大きな理由はない。ただ、小さなことが日々降り積もっている中に、都会の喧騒が追い打ちをかけた。
そんな、ありふれた理由。あまりにも小さすぎて、自分でも気がつかないほど。そんな僅かな変化を、同居人は帰りの僅かなやりとりで察してしまうのだ。いや、それ以上だ。今日なんて、私が帰って来る前に風呂にラベンダーの入浴剤を入れていた。
……一体どんだけお疲れオーラ放ってたんだ、バカ、自制しろっつーの。
煽ったグラスを荒々しく置く。
「ねぇ……私、そんなに分かりやすく疲れてた?」
栓を締め切れなかった蛇口から滴り落ちるように出た言葉。それに呼応するかのように翼がもぞもぞと動き出す。え……?
あんまりにも肩が跳ねてしまったから、音で起こしてしまうんじゃないか。そんな馬鹿みたいなことはもちろん現実に起こるわけもなく、単に天井に向いていたお腹が壁に向かうようになっただけだった。
「まったく……心配させやがって……」
つい雑な言葉と共に息を吐く。
ほんと……普段は飄々と自由気ままに生きているように見えて。こう言う風に、ちゃんと他人のこともよく見てくれている。私の好きな香りだって、好きなお酒だって、きっと暮らしているうちに気がついてくれたんだろう。あんまり、大学じゃそんな関わりなかったし。
さっきも言った通り、私と翼は特に仲が良いってわけでもなかった。どちらかと言えば、正反対の人間。翼はあんまり人に関わろうとしなかった。私は、「知り合い」と呼べる人は多い部類だったと思う。けれども、裏を返せば「知り合い」止まりだった。社会人になって、みんな別々の所に行ってしまって、ろくに連絡も取らなくなった。そんな中、帰りにばったり出会ったのが翼だった。職場の近くに住んでいることが分かって下宿させてくれ、と言い出した翼も翼だけど、それを快諾した私も私だ。……まぁ、理由はなんとなく分かるけど。
一緒に生活するようになって、翼はどうやら自分で何かを作るのが好きらしい、と知った。でも、それだけ。普段は何を考えているのか、何が嫌いなのか。そういった事はてんで分からない。翼は、適切なタイミングで私に手を差し伸べてくれる、と言うのに。
私は、翼について何も知らない。
「あんたはさぁ…なんて、聞いても答えてくれないか」
ぼやきに呼応するかのように、翼のグラスの氷がカランとないた。
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