この窓の内側の景色は(仮)
やたがらす
第1話
「はーぁ、なんでよりによってこんな日にあの場所で打ち合わせするんだか……」
改札を出て開口一番愚痴が飛び出す。いや、これは仕方ないだろう。自分でなくたって、誰だってそうなるはずだ。
週の中日。こんな日は普通は街だって静かなはず。けれども、今日はそんな「普通」の日ではなかったのだ。
何でも、打ち合わせ場所の近くでお祭りがあったらしい。打ち合わせを決めた日には公にされていなかった上、ここ最近急にブレークしだした芸能人が特別ゲストとして呼ばれたと言うこともあって、あのスクランブル交差点もかくや、と言わんばかりの混雑具合だった。
明日も仕事はある。けれども、このまま寝る、と言うのもなんだか癪だった。
コンビニで安い酒を買って、帰路につく。玄関を開けると、翼が座布団に座って横になっているのが見えた。
「あ、ケイ、おかえり。大丈夫……じゃないねー、その様子だと」
「ご名答。先に風呂に入って来る」
「あいよー。なーに、やっすい酒買って来たの?ははーん、じゃあ、今夜は大荒れかな?」
「うっさい」
「はいはい。お風呂、追い焚きしなくても大丈夫なはずだよ〜」
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「なにが追い焚きしなくても、だよ……」
ガラッと風呂の蓋を開けた途端、ほんのりとラベンダーの香りが漂った。ラベンダーは、自分が入浴剤の中でも一番好きな香り。鼻の間近までお湯に浸かり、じっくりと入浴剤の香りを楽しむ。
同居人である翼とは、かれこれ長い付き合いになる。一番最初の出会いは大学での共通の友人を通してだった。第一印象は………うーん、正直覚えていない。多分、これは向こうも同じだと思う。
共通の趣味もなし、考え方も違う、性格も全く似てない。
そんな二人が同居生活を始めた、と言うものだから、いやはや、全く世の中とは不思議なものである。きっかけは、ほんの些細なことだ。翼が就職した会社が私の家からほど近かったために転がり込んで来た、ただそれだけ。まぁ、翼はとっくにその会社をやめていて、そのメリットも消えてしまってるのだけれども。そんな翼を追い出していない私も、よっぽどの物好きということか。
バシャ、と手のひらでお湯を掬って顔にかける。鼻いっぱいにラベンダーの香りが満たされ、至福の時間だ。翼は入浴剤やアロマオイルを作るのが趣味で、私はよくそのおこぼれをもらっている。
そんなんだから、私にはメリットはある。けれど、翼にはおそらくない。
「一体なんでなんだろうなぁ……」
ぼそりと呟いた言葉は反響してわーんと唸る。なんだか落ち着かなくて、何回か顔をバシャバシャをする羽目になった。
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「サンキュ。入浴剤、良かったよ」
「ん、私が何となくそういう気分だったからねー」
わしゃわしゃと髪をタオルで乾かしながらリビングへと向かうと、机の上にはシェイカーと人参の千切りのつまみが並んでいた。
「何だかここまでされると申し訳なくなってくるね」
「あー、別に私が好きでやってることだから」
「あれ、人参嫌いじゃなかったっけ?」
「別にいいでしょうが」
シェイカーからトクトクとカクテルが注がれる。
「はい、これ、ケイが好きなやつ」
「何だかやっぱり今日、妙に優しくない?」
「ケイが大荒れするとめんどくさいからねー。自分が可愛いだけだよ」
「そう言う事にしておくよ」
くい、と翼がグラスを呷り、静かに私も続く。アルコール度数の高い香りが鼻から抜け、フルーツ系の爽やかさが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
「ケイが買って来たやつも風味づけに入れて見たんだけど、分かる?」
「ん……ほんとだ。ほんと、翼って器用だよな。ちょっと羨ましい」
「そう言われてもねー。手当たり次第実験してるだけだから、よく分かんないや」
多分、翼は所謂天才肌、と言われる人なんだと思う。……自分とは、全く正反対。
またさっきの疑問が首を擡げる。やめろ。そんな事考えたって、どうせ、何にもならないんだから。疑問を沈めるかのように、思いっきりグラスを傾けた。
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