異世界転生もの――前提
「――ここではないどこかへ」
古今東西、若者が抱く特権といわれてきた。
なので、何故異世界転生が流行るのかと理由を探さなくてもいい。
……と、言い切ってしまうのはいささか乱暴ではある。
だが、おおよそ確からしいということで、今回は進める。
異世界転生ものだから突飛な部分もあるとはいえ、作者も読者も現代に生きている以上、どこかしら現代社会を反映している。
不平不満やあこがれや理想を描くことで、共感してもらう。
読んでもらうためです。
書き手と読み手の嗜好が一致し、なおかつ幅広く読者に受け入れられると読まれやすい。
というのが、一般論でしょうか。
そのために欠かせない要素がある。
男子はチート能力、女子は悪役令嬢に転生する点である。
チート能力は、俺様最強である。
チートやハーレムものにおいて初期設定が重要であり、勇者や賢者になれなければレベル上げをしても強くならない。本人の努力だけでは才能がある者にかなわず、才能があっても活かせる環境を持つ者にかなわず、環境を整うためには財力や人脈は重要である。
その場にいなくてもネットを利用した指導を受けられるとしても、その環境を整え、才能を活かすための本人の努力がかかせない。それだけ頑張っても頂点に立てる保証はどこにもない。無駄に終わるかもしれない。
なので、転生して初期設定をチート化して自分を卑下した連中を見下すストーリーもある。
いじめられたからいじめ返す、やられたらやり返す、そんな思いが根っこにあるのかしらん。
悪役令嬢は、苦境からの自立である。
現代社会で培ってきた知識、経営ノウハウや料理スキルなどを活かして苦境から逃れ、自立していこうとする。もちろん、同性への配慮や気遣いも現代社会同様に忘れない。
イケメン王子との結婚がゴールではない。
お妃候補たちの嫉妬を抱かせないよう敵を作らず、隣国が戦争を仕掛けてきて負けないように、仲良く堅実な日々を過ごそうとする。
チート能力や悪役令嬢もので共通している点は、なるべく争わず働かず、のんびり平和に隠居生活するである。
チート最強だから仲間と戦い、自分の作りたい本のために頑張ったり、どうしてこうなったと嘆きながら戦場へ赴く登場人物が望んでいるのは、スローライフである。
釣りしたい、キャンプしたい、そんな女子高生アニメ作品と根っこは同じ気がする。
入り口や世界設定が異なっているだけかもしれない。
「メキシコの漁師」の話を思い出す。
小さな網に魚を獲った漁師にアメリカ人旅行者が声をかける。
「もっと漁をしたらたくさん獲れただろ、惜しいな」
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
余った時間でなにをするのか問われて漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって……これで一日終わりだね」と答える。
すると旅行者は漁師にアドバイスをし始めた。
「きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。あまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。すると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を増やしたら仲介人に魚を売るのは辞めて自前の水産品加工工場を建て、そこに魚を入れる。その利益でちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出。マンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
そうなるまでに二十五年かかるという。
更にアドバイスは続く。
「今度は株を売却して、きみは億万長者になる。そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろ」
人間が望む理想は、素朴な生き方なのだ。
時間を気にせずのんびりと暮らし、たっぷり睡眠を取り、趣味に没頭して家族や友人との時間をすごす。
異世界転生ものも、そこに行き着くでしょう。
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