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「涼肉入れすぎじゃない?」

「半額になってるから倍入れればいいと思うけど」

「半分の支払いで済ませたほうが賢いと思うけど」


 駅前の個人経営のスーパー「北海マート」でかなめと涼はショッピングカートに載せた買い物籠に今夜の食材を放り込んでいた。かなめの必死の防衛空しく買い物籠の中にはラムや豚、牛に鶏肉が所狭しと詰め込まれ、申し訳程度の野菜が僅かに顔を覗かせている。


 ここ、北海マートは昨今勢力を伸ばし続けている大手スーパーに何とか抵抗を続けている駅前商店街の老舗の一つだ。良い品質のものを適正な値段で売っているため大手スーパーの特売商品と比べるとやや割高感があるのは否めないが、オーナーが銭湯の常連でもあるため自然と足が向う。自宅までの商品の配送サービスを行っているのも高齢者のリピーターが多い秘訣だろう。駅前という立地の他にも田舎のスーパーでは珍しく、閉店時間が夜十時までということも客足が一定数いる要因だ。田舎はとにかく店が閉まるのが早いのだ。


「あらあらふたりとも何時も仲良しで羨ましいわねぇ」


 そのリピーターの一人、蓑浦さんの奥さんが通路の向こう側からやってくると精肉売り場にいたかなめと涼に声を掛けた。閉店間際なため他の客はまばらだ。


「こんな時間に珍しいですね蓑浦さん。明日の買出しですか?」

「あ、こんばんわー」


 かなめと涼は蓑浦さんに軽く会釈をする。


「明日朝から法要が立て込んでてね。旦那に弁当持たせないといけないから足りないもの慌てて買いに来たのよ」


 そう話す蓑浦さんの買い物籠には野菜や肉、魚がバランスよく並んでいる。隙のない布陣だった。


「じゃあおばさん急いでるからまたねぇ。野菜も食べないとダメよ!」


 ショッピングカートに乗った肉だらけの買い物籠を見て苦笑した後蓑浦さんはどすどすと音を立てそうな歩き方でレジのあるほうへと去っていった。


「だってさ、涼。少し肉戻して野菜を買い足そうか」

「えー」


 不満そうに声を上げる涼を無視して我が意を得たりとばかりにかなめはひょいひょいと買い物籠の肉を半分ほど陳列棚に戻していく。そもそも食べきれないだろうこの肉を保存するスペースがかなめの冷蔵庫には無いのだ。

 頬を膨らませて不満を表す涼を無視してかなめは入り口近くの野菜売り場へ戻ると、適当に野菜を見繕い買い物籠の中に入れていく。


「そんなに野菜いらないんじゃない?」

「涼はもう少し野菜を取ろうか」


 綺麗な形の眉をへの字にして買い物籠の野菜を覗き込む涼にかなめは溜息を吐くとカートを動かし、精肉売り場をショートカットして酒売り場へと移動した。


「取りあえずはビールか」


 かなめはそう呟くと正確にはビールではない発泡酒の六本パックを買い物籠の中へと入れる。


「ビールばっか飲んでたらおなか出るから程ほどにしてよね」


 ややとげのある涼の言葉を聞こえない振りをして、かなめは涼の好きな軽めのカクテルを何本か追加する。少しでも機嫌を取るためには仕方ない出費だろう。財布の中の新渡戸さんは跡形も無く消えるだろうが外で焼肉を食べるよりは被害が少ないことでよしとする。


「やぁ、かなめちゃん」


 そうしていると背後から最近は聞きなれた声で呼びかけられたかなめは少し慌てて後ろを振り向いた。


「福さん、こ、こんばんわ」


 そこには買い物籠に金色のボディに恵比寿様が描かれた五百ミリリットルのプレミアムなビールを買い物籠に三本入れた福さんが笑顔で佇んでいた。裸のつきあいしかしたことがなかったため私服を見るのは初めてだ。

 メーカー物の黒のジャージを上下で着ているがその腹回りはぽっこりと膨れており、運動のためにジャージを着ているとは思えない。恐らくは部屋着なのだろう。まるで体型とは合っていない。


「かなめの知り合い?」


 涼は首を傾げてかなめに質問する。涼もここしばらくはかなめと町を歩き回っており、あらかたの銭湯仲間を見て回っているので初めて会った福さんに興味を持ったようだ。とことことかなめの横まで歩いてくるとぺこりと福さんに頭を下げる。


「あ、この方は福さんって呼ばせて頂いているんだ。銭湯でお世話になってるんだよ」

「いやいや私の方がかなめちゃんにはお世話になっているんだよ。こちらの可愛いお嬢さんは確か菅野さんだったかな?始めまして。今日はかなめちゃんに伝えたいことがあってここで待ってたんだ」

「そうなんだ。良くここに来るの分かりましたねー。こちらこそ宜しくお願いします、福さん」


 かなめは冷や汗が背中を伝うのを感じていた。


 今まで何度も福さんの依頼を受けてきたがその途中でこうして顔を合わすことは一度もなく、更に言えば銭湯以外で出会うことも初めてだった。かなめは銭湯以外で会うことはないだろうと思っていたため軽いパニックになりかけていた。見た目はただのビールを買いにきたおっさんだったが中身は(自称)神様なのだ。


(何かヘマでもしでかしてしまったか?)


 かなめは福さんと世間話を始めた涼を見ながら最近の出来事を思い出していた。依頼一筋で歩き回っていたわけではなかったが、ヘマをしでかした記憶もない。疑問符が幾つも頭の中に浮かんでいた。


 難しい顔をして考え込んでいたのだろうかなめの前に福さんが歩み寄るとピンク色の名刺を差し出した。


「柳さんのところから話は聞いているよ。大変そうだからこれあげようと思ってさ。いいお店だからかなめちゃんも気に入ると思って」


 ニコニコ笑顔の福さんが差し出した名刺を条件反射的にかなめは受け取り、涼もそれを覗き込んだ。


「ダンディーマダム……?」


 ピンク色の名刺に書かれた文字を読んでぽつりと呟いた涼の声が、閉店時間を告げる蛍の光にまぎれて消えていった。

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