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かなめと涼は沼田さんにアーケード街の入り口まで送ってもらった後、ぶらぶらと神社を目指して歩いていた。陽は既に傾きかかっている。
「いやー、それにしてもさっきのおっさんはなかなかの迫力があったよね」
「うん。流石に怖かったなぁ。正直殴りかかられるかと思ったよ。我ながらバカなこと言ってるって思ってた」
先程までいた松本家での出来事を思い出しているのだろう涼の言葉に、かなめは苦笑しながら返事をする。帰りの車内で沼田さんが現役の高校教師で学年主任をしていることなどを教えてくれたが、納得できる話だ。生徒に人気がないとも笑って話していたがそれも理解が出来た。学校で彼が言っていることを理解できるようになるには、学生にはまだもう少し時間が必要だろう。多分全体的に話が小難しく説教のように聞こえてしまうのは予想がつく。と、いうよりもその一端を身を持って経験した。大人になってから「ああ、あの先生あんなこと言ってたっけな」と偶に感謝しそうなタイプだ。
「真面目な感じの人だったよなぁ。でも良かったよ、ちゃんと息子さんの居場所まで教えてくれたんだからさ」
「沼田さんの所に後で何か持って言っても良いんじゃない?」
「そうだね。ついでに何か買っていかないと出禁にされそうだ」
そう話をしていると二人は神社の前まで辿り着く。相変わらず境内には人影は見えず大きな柳の木の葉が揺れていた。石段を上がりながら二人はゆっくりと拝殿の前まで歩いていく。賽銭箱が見えてきたのでかなめは財布から五円玉を二枚取り出すと一枚を涼に手渡した。
「それにしてもあんたは神社やらお寺やら好きだよね」
「まぁ、神様へのご報告と感謝かなぁ」
「ふぅん」
二人で同時に賽銭箱に五円玉を放り投げると二拝二拍手一拝する。
「それにしてもいつもごめんな。気分の悪いもの見せてばっかりでさ。無理しないで待っててくれてもいいんだぞ?」
頭を上げたかなめは、何をお祈りしていたのか何時もより長めに手を合わせていた涼が目を開けるとそう言った。
「んー、最近は慣れてきたって言うか、あんたのやりたいことだから我慢出来るようになってきたし大丈夫だよ。正直頭に血が上ることも多いけど」
「……さっきは久しぶりにやばそうだったからさ。嫌な思い出がちらりと」
「うん、さっきは一寸頑張った。褒めて」
「うん、えらい。ありがと」
かなめの短い褒め言葉に涼は満面の笑みを浮かべた。
かなめが涼と二人で福さんのお願い事をするようになったのは何時ごろからだろうか。
初めは色々と横から口を出してくるので上手く話がまとまらなくなったことも多かった。口だけではなく手も飛び出したため、危うく警察沙汰になりそうなこともかなめは昨日の事のように思い出せる。諸々の経験もあってか、最近ではかなめが涼に話を振らない限りは黙って傍に立っているという立ち位置に収まった。そのため最近では一部から変人に弱みを握られて振り回されている何か事情のある美人、という噂もかなめの耳にもちらほら聞こえる様になっていた。
「誰だって一人じゃ心細いこともあるじゃない?」
笑顔のままで涼は一歩かなめの傍によると肩をぽんぽんと叩く。かなめはキャップのつばが触れそうなほど近づいた涼の顔に思わず顔を赤くする。自慢の黒髪が少し揺れていた。
「私は一緒にいてあげるからさ」
「はは、ありがと」
町の噂は涼の耳にも届いていると思われるが彼女は気にも留めていないようだ。やりたい事をやりたいようにやってきたいわば同類ともいえる彼女が、他人の評判など気にするような人間ではないことを知ってはいるが、かなめは何時も申し訳ない気持ちを持ってしまう。彼女の人生の幾らかを自分に付き合わせることで無為に潰してしまうことにはならないのだろうかと。何も考えないで行動をしていた若い頃が恨めしく懐かしかった。
そして自分の思いに正直に生きている涼のことが羨ましく、尊敬をしていた。たまに周りの目を気にして欲しいこともあるのだが。
「でね、しばらく休みとったからあんたの家に泊めさせてね」
「はい?」
「いやー、仕事やりくりしたから連休にしたんだよね。うんうん、頑張った私」
固まるかなめの肩をぽんぽんと叩きながら涼はうんうんと頷く。いかに仕事をやりくりしてきたかを聞いてもいないのに並べたて、忙しかったので宿を取る暇も無かったとさもとってつけたように語りだす。自分の思いに正直なことは素晴らしいのだが、ちょっとは俺の理性のことも考えて欲しいとかなめは顔を引きつらせる。
「そんなわけだからよろしくね」
「何がそんな訳だよ……。後出しはずるいぞー」
「頑張ったんだって。さっきはありがとって言ってだじゃない」
「いや、それはそうだけどさー。……ってかそれで良いのかよ」
「よいよい。満足じゃ」
ため息をつくかなめを尻目に涼は満面の笑みを再び浮かべて、一人境内を引き返し始めた。
「次はどこ行くの?」
少し遠くから聞こえた涼の声に、かなめは貰ったメモを握り締めながらその背中を目指して歩き始めた。
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