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「待ってくれ」


 沼田さんの車に乗り込もうとするかなめに保樹が声を掛ける。涼と沼田さんはちらりと二人に視線を向けると気を利かせてか車の中へと乗り込んだ。直ぐにエンジンが掛かりマフラーからは排気ガスが吐き出されると同時に先ほどまではAMラジオがかかっていたはずのオーディオから、某アイドルグループの新曲が大きめの音量で流れ始めた。沼田さんの奥さんが、旦那が年甲斐もなくアイドルに嵌っているのが困っていると言う話をどこかで聞いたことをかなめは思い出した。


「何でしょうか?」


 車のドアノブにかけた手を引くとかなめは保樹に向い直りそう言った。沼田さんは顎に手を当てて少しの間何かを考えていたが、ゆっくりと口を開いた。


「勇介に会ったならもう一度話し合う機会を作って欲しいと、そう伝えて欲しい」

「お会いできたら必ずお伝えいたします」

「申し訳ないな」


 保樹は苦笑すると視線を足元に落とした。


「妻が最期に言っていたのだよ。勇介を信じてやって欲しいと。それがこのざまだ」


 保樹はポケットに手を入れると煙草の箱を取り出し、中身を一本銜え火をつけるとゆっくりと煙を吸い込み一息で吐き出した。


「私はこの通り頭の固い性質でね。自分の常識以外のことを受け入れられる度量がなかったのだよ。年若い君になら息子も話が出来るかもしれないと勝手な期待をさせてもらっている。汚らしい言葉で君を罵ったのにも関わらずだ。酷く自分勝手な話だな」


 いつの間にか煙草を持つ反対の手にもたれている携帯灰皿に長くなった灰を落とす。


「何でだろうな。君にこんなことを話しているのは」


 保樹はまだ半分以上残っている煙草を携帯灰皿に詰め込んだ。


「……それはきっと神様のお陰ですよ」


 かなめはそう言うと困ったような顔をして頭を掻いた。保樹は少し驚いたように目を一瞬見開いたが直ぐに口の端だけを上げて鼻を鳴らした。下手な冗談だと思っているのだろう。


「このご時勢によほど信心深いのか相当な変わり者なのだな君は」

「自分でも変わっているのは承知してます。でもまぁ何時もお参りを欠かさないからこれでも信心深いほうだとは思いますよ」

「一体何の神様のご利益なのかね」

「確か縁結びもやっている神様ですよ。こうして松本さんにお会いすることが出来たことですし。あ、時々駅裏の神社にお参りすると良いことありますよ」

「そうか、本当に変わり者なのだなぁ」

「自分でも困っています」


 そう言い終えたかなめは一礼をすると車のドアノブに手をかけようとするが、保樹がまたその背中に声を掛ける。


「何も聞かないのかね」


 その一言にかなめはドアノブに伸ばした手を止めたが今度は振り向かないまま口を開く。


「私の用事はこの人形を持ち主にお返しすることですので。それに沼田さんから人様の事情に足を突っ込むなと言われているので聞きません」

「面白いことを言うな。もう大分我が家の事情に足を突っ込んでいると思うがね」

「全くです。これ以上詳しくお聞きするとまた沼田さんに尻を叩かれかねないんです」

「私も叩いてやりたいくらいだよ」

「きっと神様が上手くやってくれますから勘弁してください」


 かなめはそう言うと逃げるように車のドアを開けると中へと滑り込んだ。車内は某アイドルグループの人気曲が流れている。


「お待たせしました。沼田さん有難う御座いました」

「んじゃ帰るか」


 新しい煙草に火をつけた保樹に見送られながら車はゆっくりと走り出した。

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