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 結局のところかなめが「鳳梨館」で二杯目のコーヒーを頼んだ際に涼はホットドッグを注文した。それを遮る気力は既に持ち合わせてはいなかった。


 小さめのソーセージを二つ挟んだ上にチーズとピーマンの千切りが程よく載ったホットドッグは手ごろな値段設定な事もあり人気メニューの一つである。人気のポイントはもう一つあり、それは二つセットで出てくるということだった。ホットサンドを平らげた後それなりの質量を誇るホットドッグをかなめは恨めしそうに齧りながら何とか平らげると、二人はマスターに声を掛け支払いを済ませ店を出た。


 予定通りの行動を済ませご機嫌の涼は、恐ろしくもそのまま昼飯を食べたふじの湯向かいの食堂へとかなめを連れて入る。若干顔を引きつらせながら今まさに食事を済ませたばかりとかなめは婉曲的に伝えたが効果はなかったようだ。


「喫茶店の軽食なんて別腹でしょ?」


 との発言にかなめは「別腹って甘味の収まるところじゃないの?後別腹って何かを食べた後に使う言葉じゃないの?太るよ?」とのどまで出掛かったが、何とか危ないところで踏みとどまることが出来た。その後の報復を楽しみに出来るほどの被虐趣味は持ち合わせてはいない。


 食堂ではかなめはビールを頼み、涼はラーメンと餃子、ワンタンスープを頼んでいた。メニュー表には載っていない餃子が当たり前のように一番先にテーブルに上がったのは不思議だった。日頃から材料があれば何でも作れると豪語しているマスターの言葉は嘘ではないということか。

 かなめは餃子を何個かつまみながらビールを呷る。はっきりと分かるくらいニンニクが効いていたが、涼は気にしていない様で、ラー油大目のつけダレを作り上げるとパクパクと口に運んでいる。その後、塩ラーメンとワンタンスープという若干訳の分からない組み合わせがテーブルに並んだが、それも直ぐに平らげると、かなめのビールを奪い取り飲み干した。


「おなかいっぱいだね。幸せ」


 ニコニコと笑顔を浮かべる涼の口元にビールの泡が残っていた。それがなければ、いや。今ここで始めて出会い、かつ平らげた食事の量を知らなければかなめも無条件で一目惚れをしていてもおかしくない、素敵な笑顔だった。


 その後、支払いを済ませるとニヤニヤするおかみさんに見送られ、随分と軽くなった財布を気にしながらかなめは涼が荷物を預けてある駅前のロッカーに立ち寄り荷物を回収した。シルバーのキャリーバックを運ぶのはどうやらかなめの仕事であるようで、後ろ手にキャリーバックを引きずりながらゆったりとした足取りで帰路へと向っている。


「しっかしさぁ、俺が家に泊めなきゃどうするつもりだったのさ」

「え?公園あたりにでも泊まるんじゃない?まぁ多分あんたの家に踏み込む予定にはなっていただろうけど」


 もうあきれるしかない返事にかなめは深い溜息を吐く。実際涼はペンキ絵師として独立するまではまともに稼ぐことは出来ずに、寝袋一つで野外キャンプを毎晩繰り広げていたとのことだった。暴漢や不審者に襲われる危険度がぐっと下がる様に交番が近くにある公園などの場所を選んでいたが、それでも何度も危ない目に合いそうになったと言っていた。

 そんな話を聞かされていたかなめに、涼を家に泊めないと言う考えは初めからないのだが、上手く掌で転がされているようで皮肉の一つでも言いたくなる。その効果は定かではないが。


 それでも涼の様な自分に好意を持った女性が家に泊まるということを素直に嬉しいと思う反面、次の一歩を踏み出せずに、もう何ヵ月も待たせてしまっている自分に対してどうしようもない嫌悪感を抱いてしまう。


「まぁ、予定通りになったってことで問題なしじゃない?」

「もう少し危機意識を持ってください」


 そんなかなめの心情を知っては知らずか。恐らくは全てわかっているのだろう涼は帰り道の途中、何時もの距離を少しだけ縮めると微笑んだ。

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