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 活気の無いアーケード街をかなめと涼はゆっくりと歩いている。

 最近出来た郊外の大型ショッピングモールに客足を取られているのだろう。昔に比べるとシャッターを降ろしたままの店が増えていた。かなめが小さな頃良くお使いに来ていた店も随分前からシャッターを下ろしたままだ。


 夕食の支度があるのだろう、ご婦人達がエコバッグを片手に大きな声で笑いながら八百屋の前で品定めをしていた。その中には何人か銭湯で見知った顔がある。向こうも二人に気付いたようで二人のご婦人が小走りに近づいてきた。


「あーらかなめちゃんと涼ちゃん、何時も仲が良いわねー。羨ましいわー。ウチの旦那と取り替えたいわぁ」

「ちょっとあんたみたいのばーさんが頑張ったって子供も作れないでしょうが。かなめちゃんのこと狙うの分かるけど銭湯にこなくなったら困るでしょう」

「ちょっとちょっと蓑浦さんのところまだ頑張ってるみたいよ?」

「あらやだ!ウチの旦那はもうダメだわ。何食べさせてるのかしらねー。後で聞きに行かなくちゃ」

「良い薬があるんだってさ!最近病院通ってるみたいだし佐々木の先生に聞いとかなきゃ」

「かなめちゃんたちには必要ないわよねー。若いって羨ましいわー」

「それでさぁ……」


 二人のご婦人は話したいことだけを勝手に捲し上げると嵐のように去っていった。遠ざかりながらもしばらくは盛り上がった声が、アーケード街の中にこだまして聞こえていた。

 そして話の中で先ほどあった蓑浦さんの夫婦事情が聞こえてきたような気がしたが、これは交通事故のようなものだろう。諦めるしかない。かなめは肩をすくめた。


「いやーここのおばさん方は元気だわー」

「だろう?」


 涼は恐れ入ったように呟くと、かなめが嬉しそうに返事をする。銭湯の仲間が褒められるのは気分が良かった。


「まだまだ若い奴らには負けないって何時も言ってるよ」

「あたしも負けてられんなぁ」


 かなめは涼の前向きな姿勢は評価出来たが何について頑張るのかは聞くことは止めた。奥ゆかしさは日本人の美徳である。藪をつついて蛇を出すとは昔の人も上手く言ったものだ。きっと苦労人がいたのだろう。おそらくは男性の。


 気を取り直して二人はまたゆっくりと歩き始める。

 八百屋や魚屋、はんこ屋を過ぎると雑貨屋の前に猫が一匹こちらを見てじっと伏せている。


「それにしても猫が多い町だよねここ」

「まぁね」


 かなめが軽く言葉を返して雑貨屋のほうへ向って歩き出すと、猫はまるでここだというように一声にゃあと鳴くと、素早く立ち上がり何処かへと走り去っていく。あっという間にその姿は見えなくなった。


「嫌われてるんじゃない?」

「動物には好かれてると思うんだけどなぁ、俺」

「どうだかねぇ」


 二人が雑貨屋の前で足を止めて雑多に並べられている商品を眺めていると、店の奥から黒縁眼鏡をかけた大柄な中年男性が出てきた。


「ようかなめちゃん。涼ちゃんも相変わらず別嬪さんだね。何でも安くしとくよ。どうせ売れ残りだ」

「こんにちわ沼田さん。体調の方はどうなんですか?」

「酒飲んでれば治るってさ」


 沼田さんと呼ばれた中年はそう言うと大声で笑った。最近糖尿病で薬が手放せなくなったと銭湯でぼやいていたが、この分だと医者に止められた日本酒はまだ飲んでいるのだろう。


「奥さんに愚痴られるの俺なんですから飲むなら焼酎にしといてくださいよ」

「かなめちゃんまでおっかぁと同じこと言うなよ。男なら分かるだろう?」

「長いものには巻かれたほうが良いと思いますよ」

「殺生だなぁ。こいつは見つからないようにしねぇとだめだな」

「女の人に隠し事は通用しませんって」


 かなめはちらりと涼のほうを盗み見るとニヤニヤとした顔で二人を眺めている。これから起こるだろう家捜しという惨劇を考えると頭が痛い。


「で、何を探してんだい?」

「あ、これ見たことありますか?」


 大きな手をパンパンと叩いた沼田さんに向ってかなめは鞄にぶら下げられた薄汚れた小さな兎の人形を見せる。


「買い物にきたんじゃねぇのかよ、ったく。……なんだいそれ。人形か。きったねぇなぁ」

「見たこと無いですか?」

「見たことねぇかって言われてもなぁ……。人形なんて俺の趣味でもねぇし。おっかぁでも呼んでみるか。おーい!おっかぁ!」


 しばらく黒縁眼鏡を外して目を寄せ人形を覗き込んでいたが記憶には無かったのだろう、沼田さんは直ぐに諦めると店の奥に向って大きな声で奥さんを呼ぶ。


「なんですか。大きな声出さなくても聞こえますよ。あら涼ちゃんまた可愛くなって」


 間もなく店の奥から奥さんが顔を出した。涼を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。


「お久しぶりですおばさん。元気そうでよかった」

「旦那さんが子供みたいなもんだから老け込む暇も無いんですよ」


 女二人はそう言うと世間話を始めた。奥さんの旦那が家事をしないで酒ばかり飲んでいる発言に涼はうんうんと頷き、話が終わるとかなめの甲斐性の無さを不満げに語る。男二人は終わりそうも無い自分達への不満話に引きつった顔をしていたがそこは長年の経験だろうか、沼田さんがタイミングを見計らい咳払いをするとようやく話が止まったようだ。自分に向けられた不満げな四つの瞳にやや腰が引けていたが。


「世間話はもう良いからよ!かなめちゃんがこの人形見たことねぇか聞きたいってよ!」

「だから大きな声出さなくても聞こえてますよ。かなめちゃんこれ見てみればいいの?」

「は、はい。見覚えなんて無いでしょうか」


 同じように腰が引けていたかなめも奥さんの前に人形を出した。

 奥さんはしばらくうーんと考え込んでいたが、何かを思い出したのか沼田さんの引けた腰を勢い良く叩いた。


「あれじゃないの?松本さんのお宅のご兄弟が小さい頃ぶら下げてた人形にそっくり。確かアルバムとかに載っていたと思うからちょっと待っててね」


 そういうや否や、奥さんは店の奥へと戻って行く。涼は思わずかなめの顔を見ると、かなめも涼のほうを見ていた様だ。とんとん拍子に進んでいく状況に二人は笑顔で頷いた。

 そして奥さんが持ってきたアルバムの中には、しっかりとそのぬいぐるみが写っていた。その持ち主とともに。

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