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「かなめちゃんに涼ちゃん。仲良いのは分かるけどそろそろ起きた方が良いんじゃないかい?」


 そう声を掛けられてかなめと涼は目を覚ました。どうやらいつの間にかお互いに肩を合わせ、頭を預けあうような形で眠っていたようだ。涼は寝ぼけ眼で水色のキャップのつばを上げると、大きくあくびをした。かなめは涼の頭が落ちない様に器用に、自分の頭の位置をもぞもぞと変えながら返事を返す。


「あ、蓑浦さんこんにちわ」

「涼ちゃんあんた大口開けて眠ってぇ。もうちょっと女らしく寝ないと勿体無いわよ。折角私の若い頃に似てるのに」


 そう話しかける蓑浦さんはやや小太りで、白髪混じりの髪には取れかかったパーマが掛かっている。正直なところ、お世辞にも美人といえない顔つきだが愛嬌だけは溢れるくらいに感じることが出来る、いかにも「おばちゃん」然とした格好だが、時が経てば涼もこうなるのだろうか。

 いい年をした親父たちが居酒屋で「とりあえずビールで」と言う位自然に付け足される、「私の若い頃に似てるのに」は蓑浦さんの得意な挨拶だった。「それは嘘でしょ」とも言えず、何時もの通りかなめは上手く返す言葉を見つけられずに苦笑するだけだった。


 女性の容姿に関わることは素直に口にしちゃいけねぇ。

 割と怖い物知らずだった先代も、事あるごとにかなめに向かってそう教え込んでいたため、それとなく良い切り替えし方を聞いてみたところ先代はややその背中を煤けさせながら、「覚悟があれば何を言ってもいいんじゃねぇの?」とあえて若干ずれた答えを返されたのがかなめの記憶に残っている。

 その覚悟にまつわる結果まで聞き返す度胸はその頃のかなめには持ち合わせていなかったようだ。ついでに言えばその覚悟を持って女性と接することは今までも無かったが、恐らくこれからも無いだろう。


「おばさんこれから病院行ってこないといけないからそれじゃあね」

「いってらっしゃい。お気をつけて」

「かなめちゃん涼ちゃんのことよろしくね」


 どすどすと音がしそうな歩き方で蓑浦さんが寺の入り口の石段を降りていくのを見届けると、涼はようやく目が覚めてきたのか、ゆっくりと自分の頭をかなめの体から離した。


「今何時?」

「え、ちょっと待ってね。えーと、四時半前かな」

「あー、少しすっきりしたわ。布団が悪いから体少し痛いけど」

「そりゃあ申し訳ない」

「一時間くらい寝てた?」

「まぁそんなところかな」


 涼はベンチから立ち上がると精一杯伸びをするとかなめに向って手を伸ばし、かなめもその手を取り立ち上がる。その後、涼は手を握ったままばつが悪そうに口を開いた。


「疲れてるのばれてた?気を使わせちゃってごめんね。もう大丈夫だから行きましょ」

「気にしなくてもいいよ。休みの日なんだから涼はもう少しゆっくりしないとね」

「……あんたが何時も何してるかははっきりとは分からないけど、それってあんたにとって大事なことなんでしょ?それを邪魔してるなら悪いなって。それくらいは分かってるつもりだから邪魔なら邪魔ってはっきり言ってね」

「おいおい、急にしおらしいこと言うなよ。俺は涼がいてくれて助かってるよ。何をしてるかは今回の件が終わったら……、話すよ。信じてもらえるか分からないけど」

「しおらしいって何よ。まぁ、なんにせよあんたのしてることに興味を持つのはあたし位だろうからその時には喜んで聞いてあげましょうかね」

「何だか偉そうだなぁ。まったくさぁ。……でもありがと。その時にはあの時の返事も出来ると思う」

「……ん。分かった。待ってる」


 涼はゆっくりと握った手を解くと一瞬名残惜しそうにその手を見つめたていたが、直ぐに満面の笑みを浮かべぱちんと一度手を打ち鳴らした。


「さてと、それじゃあ晩御飯までにおなかを減らしに行きましょ。次何処だっけ、駅前の商店街?」

「そうだね。そろそろ行こうか」

「りょうかーい」


 そう言うとまた二人は何時もの距離をとりながら歩き始めると、不意に涼が口を開いた。


「んでさぁ?あたし今日泊まる所無いんだけど」

「は?馬鹿なの?どうするつもりなの?んでさぁで済む話じゃないでしょ。脈絡無さ過ぎて流石に引くわ」

「いやー、だって急いで帰ってきたから何も考えてなくて今頃思い出したんだってば。ホントホント。お優しいかなめさんならベッド貸してくれるかなーって思って。あ、あんたは勿論床な」

「意味が分からん。何で部屋のオーナーが床に寝るのさ」

「じゃあ一緒に寝る?」

「絶対に嫌だ」

「絶対に嫌とか言われたらあたしだって傷つくわバカ」

「絶対に襲われる」

「それは否定しない」

「そこは否定して下さい」


 溜息をつきながらかなめは冷蔵庫に残っている食材を思い出す。あれとこれであんな物でも作ろうかな、と献立を考えるのも、2人分迄なら最近では随分となれてきた自分に思わず苦笑をするしかない。どうやら自分には拒否をするという選択肢は最初から無いようだ。


「神様仏様かなめさまー。床で寝てね」

「全くひでぇ話だよな」

「あ、エロ本チェックはするから」

「やめて!?」


 割と本気で抵抗を始めたかなめとそれを軽くあしらう涼の頭上では、カラスが一羽円を書く様に飛んでいたが、直ぐに何処かへと飛んでいった。

 先喰台のカラスに似ていた様に思えたが、それを見て分かる者も見ていた者も居ないようだった。

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