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 次に二人は神社から駅をはさんで向かいの寺の境内まで来ていた。日差しが強く気温もまだ上がってきているようだった。

 かなめはその強い日差しをこれ幸いと全身で浴びるように両手をベンチの背もたれに掛けるように広げて座っている。涼は日差しがやや気になるのか水色のキャップを少し深めに被り直してその隣で暇そうに座っていた。ジーンズから伸びる足がぷらぷらと所在なさげにゆれている。


「なぁかなめ。暇だから昼寝してていい?」

「まだもう少しはここにいるつもりだから構わないよ。用事が済んだら起こすね」

「助かる。ここのところ珍しく仕事が立て込んでさ、結構疲れが溜まってたんだよな」

「じゃあ家でゆっくり休んでたら良かったのに」


 かなめがそう言うと涼はにやりと意味ありげに笑いかけ、それ以上は何も言わずに更にキャップを深く被り目を閉じた。

 間もないうちに隣から静かな寝息が聞こえてくる。どうやら思いのほか疲れていたようで、直ぐに大口を開けると気持ちよさそうないびきが聞こえてきた。


 美人が台無しだよなぁ。

 かなめはそう思いながら大口をあけていびきをかく涼の少しだけ見える顔を眺める。今は大きく開けている口しか目に入らない。眺めているうちに少しよだれが垂れてきた。


 かなめは後でよだれの跡でも指摘してやろうとかと意地悪く一度取り出したハンカチを引っ込め、何年も改修が行われていない小さな本堂のほうを向いた。

 本堂の屋根の上にはカラスが数羽留まっている。賽銭箱の前の石階段には二匹の猫が丸まって眠っていた。


 平和そのものの光景にかなめは笑顔を見せると左腕の腕時計に目をやった。

 針は二時四十六分を指している。それを見てかなめは少し考えた後ちらりと涼を見た。


 相変わらず大口を開けていびきをかいている。あられもない姿で三割ほどは美人の成分を失っていると思われるが、それでもまだ美人っぽく見えることにかなめは素直に感心した。


 小さな田舎町だ、誰が何をやっていたか等は直ぐに耳に入ってくる。それが更に変わり者の話であれば尚更で、世間話好きの老人達が集り裸の付き合いをする銭湯ともなれば何をいわんや。

 この町でペンキ絵師と言う銭湯の壁面に絵を書く仕事が忙しいはずも無い。それだけを生業としていては生活などしていけるはずも無かった。この町に残っている銭湯はふじの湯ただひとつだけなのだから。


 自然と涼は仕事の依頼があればいつでも日本全国飛び回って絵を描き続けている。ペンキ絵師の数は涼があたしも入れて後二、三人と言っていた。残り少なくなったとは言え全国浴場組合加盟の銭湯の数は約二千八百軒。簡単な割り算をすると答えは「仕事のしすぎ」、だ。勿論全ての銭湯がペンキ絵師に依頼をするわけでもないのだが、何しろ絶対数が足り無すぎる。

 更に涼のような美人が若さとその才能を持って見事な富士の絵を書くともなれば、指名も多くなるだろう。皆が一度は耳にしたことがあるだろうヴァイオリンのテーマが特徴の人間ドキュメンタリーへの番組への取材依頼もあったようだ。めんどくさいの一言で断ったと言っていたが。


 そんなこんなで売れっ子の涼は日本全国を股に掛けるご老人ネットワーク(主に銭湯からのもの)により、ほぼ確実に捕捉されているようだった。いつもその傍にいるかなめの「良い人」として認識されているようで、困ったことにおせっかいなご婦人達から「流し」の最中に今何処の銭湯で何を書いているのか事細かに伝えてくるのだ。かなめはその度に彼女ではないと訂正をしているのだが聞く耳は初めから持ち合わせていないようだ。聞いているのかも怪しかった。


 昨日は確か東京のとある銭湯にいたらしい。仕事を終えるとそのまま大急ぎで飛行機に飛び乗り北海道までやってきたのだろう。わざわざかなめの休みに合わせて。


 思わず苦笑を浮かべるとかなめはハンカチを取り出すと仕方なく優しく涼のよだれを拭き取った。少し口紅も取れてしまったが仕方ないだろう。

 こんな男の何処が良いのか分からないが、本人が良いならきっと良いのだろう。彼女の好意に気付かないほどかなめは馬鹿でも鈍感でもなかった。その思いを受け止められるかどうかは目下の悩みだ。


 まだしばらく眠らせてやろう。かなめはそう決めて涼の隣に腰を下ろすと自分も目を閉じた。

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