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 福さんは福の神様である。あくまでも自称であるが。少なくともかなめはそれを疑ったことは無い。ただ単純に「本当ですか?」と面向かって確認をする勇気が無かっただけとも言える。


 かなめはこれまで何度か福さんから「お願い事」をされたことがあった。

 ただその内容は何処何処へ行くようにと言われたり、今回のように良く分からないものを手渡されることなどもあったが詳しい内容はいつも知らされない。そしてその目的も。その結果も。


 福さんからの「お願い事」は福の神様のご加護のお陰か大抵は歩き回っているうちに解決することが多かった。何となく事態が少しずつ好転していき、その内に自然に解決していく。まるで何かに導かれるように。

 最近ではその過程の中でかなめが涼に飯をたかられるなどの悲しい出来事も起きることはあるが、概ね平和である。だからこそかなめも迷いもせずに福さんの「お願い事」を聞くことが出来ていた。


 ただ、解決と言ってもそれはあくまで「お願い事そのもの」に関してだけであり、それにまつわる出来事に関して全てが解決をするわけではなかった。主にその行動に伴うかなめの町内での評判はマイナスの方向へと向かっている。


「あんたさぁ。今度はどんな厄介ごとに首突っ込むの?」


 駅裏の神社の境内をかなめと涼はゆっくりと歩いていた。友達よりは近く恋人よりは遠めの距離を保ちながら。


「さぁねぇ。こればっかりは俺も分からんね」


 かなめはそう答えると足を止めた。拝殿まではまだ二十メートルほどはあるだろう。涼も一緒に足を止めると砂利一つ無い参道に腰を下ろした。


「自由だよなー」


 ジーンズが砂に汚れることなど欠片も気にしてはいないのだろう。まるで子供のような笑顔を涼はかなめに向けている。


 それから暫く二人はその場に留まって数羽のすずめが空から降りてくるのを眺めていた。すずめは何度か地面を啄ばんだり、じゃれあうように細かくお互いに向って羽ばたいたりするのを繰り返していたが、境内で一番大きな柳の木の下に立てられた木の台の上に一羽のカラスが降り立つと一斉に空へと飛び立っていった。そのカラスは台の上の米を啄ばんでいる。

 かなめはその様子を見て以前福さんを一緒に風呂に入っていた際に聞いた小話を思い出していた。


「駅裏の神社にある棒の上に載ってる木の台、あれ、先喰台って言うんだけども、その上の米をカラスが啄ばむとねぇ、吉兆が訪れるんだよ。今では確か滋賀の古い神社にしか残ってなかった古い風習さぁ。かなめちゃんも神社に行って見かけることがあったら良いことあると思うよ。あそこの神様にも話はつけてあるからさぁ、困ったときにはお祈りしておくと良いんじゃないかなぁ」


 福さんの言葉を思い出しながら、長いことこの神社に通っていたもの始めてみたその光景を関心をしていた。

 しばらく二人はそれを眺めていたが、直に飽きたのか涼はかなめに向って手を差し出す。


「はいはい」


 かなめはその手を握り返すと涼の身体を立たせるように引き上げる。


「ご苦労」


 立ち上がった涼はパンパンとズボンに付いた砂を払い落とすと満足気に頷いた。

 そうして二人は社務所の横を通り抜け拝殿の前までゆっくりと歩いた。賽銭箱が見えてくるとかなめは鞄から財布を取り出し二枚の五円玉を手に取った。一枚は涼に手渡す。


 二人でほぼ同時に五円玉を賽銭箱へと投げ入れる。底に落ちるときにカツンと木に賽銭が当たる音がしたのは皆の信仰不足から来るものだろうか。そんなことを考えながらかなめは二拝二拍手一拝する。隣では涼も慣れた手つきで同じようにしていた。初めてここに来たときは参拝の作法など何も知らなかったのが嘘のようだ。


 参拝を終えると二人はまたゆっくりと参道を戻り始める。途中先程の柳の下には丸まって日向ぼっこをする猫が一匹いた。台の上にカラスはもういなかった。


 その猫は初め耳をピクリと小さく動かすと次に少しだけ顔を上げて二人を見たがそれも二、三秒のことで直ぐにまた日向ぼっこに戻ってしまった。


「いつも気持ちよさそうに寝てるよねあいつ」


 涼はそう言うと羨ましそうに口を尖らせる。


「柳さんちの猫は夜忙しいみたいだからね。昼間は眠たいんだよきっと」

「そうなの?」

「多分ね」


 かなめはそう言うと猫に向って軽く頭を下げる。それを見た涼も何となく頭を下げていた。


「何で猫に頭下げてるの。思わず真似しちゃったよ」

「何事も感謝の気持ちを忘れないために、かなぁ。その内きっといい事あるよ」

「あんたやっぱり変な奴だわー」

「それはお互い様だよなぁ」

「私はあんたほど変じゃない」

「嘘だぁ」


 そう言い合いを続けながら二人は石段を降りて行った。

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