第10話 約束

イサリを解放し、ヘップションウスの盾を手に入れた一行は、北進。

次は城塞都市カバヤを目指す事となる。

脱落したメンバーの復帰は未だに見込みは立っておらず、リーディスたちは後ろ髪を引かれる思いで進軍していった。


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【データのロードを開始します】


リーディスとレミールは、とうとうカバヤに到着した。

これまでの道中は敵に襲われたり、軍隊相手に商売をするなど、短い期間ながらも数々の出来事があった。

2人は長年連れ添った戦友のように息がピッタリであるが、そのチームもここで解散する。

それは出発時点で既に決められていた事だ。


高台からカバヤを見る。

目的地の都市は防壁は高く、兵は多く、勇壮である。

目的地は目前で、ひと駆けで辿り着ける程だ。


だが、リーディスは足を止めたままだ。

レミールも先を促そうとはしない。

そのまま会話もなく、ただ静かな時間が流れた。


人の往来は激しく、街道は賑やかであった。

馬車の列が何両も続いており、商業も活発である事が窺える。

その様子をしばらく眺めた後に、リーディスが溢した。



「さて。いつまでもボヤッとしてても始まらねぇ。そろそろ街に行くか」



レミールも歯切れの悪い言葉を返す。



「うん。そうだね……そうしよっか」



一緒に居られるのはカバヤまで。

その取り決めが2人の足取りを重くした。

別段、恋仲という訳ではなく、愛を語らった事など一度として無い。

単なる旅仲間という間柄なのだ。


では、なぜこうも離れ難いのか。

その理由はどちらも理解していない。

明日からは、互いの顔を見る事も無いだろう。

今までは当たり前にしていた朝の挨拶も、食事時の他愛の無い冗談も、夜更けに語り合った身の上話も同様に。


別に今生の別れでは無い。

それはどちらも理解している。

身を切るような寂しさが、2人を苛む。

それが何故なのかが判らない。



「中々列が進まないな」


「そうだね。審査に手間取ってるのかな?」



門前では衛兵による簡単な手続きがあるので、自由な往来とまではいかない。

リーディスは『いっそこのまま進めなくなれば』と、子供染みた妄想をするが、その時は来た。

特別揉める事なく、カバヤは2人を歓迎したのだ。



「じゃあレミール。ここまでで良いよな」



リーディスが少し突き放すように言った。

別れの寂しさから、ぎこちなくなっただけである。



「うん。本当にありがとうね。アタシ1人だったら、絶対に道中で野たれ死にしてたよ」


「そんな事もないだろ。例の軍隊に引っ付いていきゃあ、安全に行けたろうよ」


「ちょっと、人の感謝に水を差さないでよ。そういうの直した方が良いんだからね?」


「おぉ、そうか。悪ィ」


「あ、いや……何で謝らせてんだろ。そういうんじゃなくって、ええと……」



レミールはしどろもどろになるのを誤魔化すように、荷台の中を漁り始めた。

しばらくして取り出されたものは1本の剣である。

鞘の装飾は目を見張る程に繊細だ。

一体どれほどの価値があるものか……少なくとも、庶民には縁の無いほどに上等品である事が分かる。

彼女はそれを惜しむ素振りも見せずに、ズイとリーディスの方へ突き出した。



「これ、お礼。アンタにあげる」


「何だよ。すんげぇ立派な剣じゃねぇか」


「聖騎士の剣っていうお高い品だよ。もしもの時の為にって父ちゃんが遺してくれたモンだけどさ」


「待てよ。それって遺品だろ? そんな大事なもの手放しても良いのかよ」


「いくら立派な名剣でも、埃かぶせてちゃ意味ないよ。誰かに使ってくれた方が良い。父ちゃんだって喜んでくれるさ!」


「レミール……」


「実を言うとね。いつかアタシが嫁に行く時に、それを売ってお金を用意しよう、とか思ってたんだ!」



彼女は精一杯におどけて、軽口を叩いた。

過剰な礼品に対する罪悪感を取り払う為に。


リーディスは剣を受け取った。

『だったらオレが嫁にもらう』と言いかけたが、止めた。

それを言うだけの勇気が足りなかった。


レミールは剣を手渡した。

『だから、アタシも一緒に受け取ってよね』とまで言いたかったが、止めた。

冗談にしても気恥ずかしかったし、拒まれる事を恐れたからだ。


それからは無言のまま、剣がリーディスの背中に収まる。

駆け出しの青年剣士には余りにも不釣り合いな姿であった。

だがレミールはそれを決して笑う事なく、後ろに回って眺めては、まっすぐに褒め称えた。



「うんうん。良いじゃない。すごく似合ってるよ! 男ぶりが上がったよね!」


「なぁ、レミール」


「なんだい?」



リーディスは振り返り、相手を正面から見据えた。

すぐに言葉を発しない。

軽口の延長と思われたくなかった為だ。

雰囲気を察してか、レミールも口をつぐみ、真剣な表情で待ち受けた。



「オレ、今はまだ弱っちいけどさ。今に強くなる。誰よりも強くなってみせる」


「うん」


「その時は必ず……必ず戻って来るから」


「うん」


「……じゃあ、オレ、そろそろ行くよ!」


「うん……気をつけてね」



リーディスは街の外門に向かって一目散に駆けて行った。

1度として振り返らないままに。

レミールはその場に佇(ただず)み、その背中を見守り続けた。

彼の姿が見えなくなってからも、ずっとそちらを見続けた。



「絶対だからね。約束したからね……」



彼女の小さな言葉は街の雑踏に掻き消された。

結ばれた両の手が震えている事も、大都市の中にあっては、気にする者は誰も居なかった。



【データのロードが完了しました】


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幕間のシナリオで、離れ難い気持ちを抑えながらも、袂(たもと)を分けた2人。

その哀しみが、清らかな愛が奇跡を起こしたのか、リーディスはカバヤから離れる事が出来なくなった。


……アクションステージのクリア不能、という事態によって。


カバヤのステージ攻略には、リリアの炎魔法の扱い方が極めて重要になってくる。

だが、不運なことに彼女は不在だ。

これもエルイーザによる凶行が原因であり、ゲームはとうとう『詰み』の状態へと陥ろうとしていた。


リーディスは幕間で『このまま進めなくなれば良い』と心理描写をしたが、その後にクリア不能とは皮肉も良いところだ。

それを一番に感じたのは他ならぬ本人であろう。

彼は託された聖騎士の剣をかざし、カバヤの攻略に向けて全力を尽くすのであった。


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