第9話 そのころマリウス



エルイーザの毒牙にかかった被害者たちは、あれからどうなったか。


それについては戸棚にフォーカスする事で知る事ができる。


彼らは果たして無事なのか。


これは幕間のウラ、プレイヤーですら知りようのない舞台裏の物語となる。




「ぅう……イタタ」




戸棚の中でマリウスは意識を取り戻した。


隙間より微かに漏れる光以外は、完全なる無明の闇だ。


ゆえに視覚での把握は難しい。


周囲を手で弄ろうとしたが、それは出来なかった。


両手足が縛られているからである。




「僕はいったい……。どうして縛られているんだろう……ッ!?」




最後の場面を記憶から引きずり出すと、彼は思い出した。


エルイーザによって絞め落とされた事を。


だが、なぜ拘束されているのか、暗闇の中に放置されているのかは分からなかった。


自分の置かれている立場と、ゲームの進行状況やシーンが分からないが、マリウスは必死に声を上げた。


不自由な足を使って、足元の方を蹴りつけて音もたてた。


下手すればゲームに大きな影響を与えてしまうが、緊急避難というものだ。




「誰か! 誰かいませんか!」



「その声……マリウス様!」



「ひょっとして、ミーナさんですか?」




マリウスの不安は晴れない。


必死の叫びに応じた声は、同じ暗闇の方から聞こえたからだ。


それはすなわち、境遇は大差ない事を示しており、救助にまで至らない事を暗に示している。



そして運の悪い事に、外の人に気づいて貰える可能性は無い。


屋敷の人間は全てマリウスたちの捜索のため、完全に出払ってしまったからだ。


2人を探し出そうと全力を尽くした結果なのだから、皮肉もいい所である。




「良かったぁ。暗いところに独りぼっちだと思ってたから、もう怖くて怖くて」



「何ていう事だ、ミーナさんにまで被害が及んでいただなんて」



「あの、マリウス様。私をこんな所に閉じ込めて、手足も縛って、何をする気です……?」



「えっ!?」




ミーナは期待と不安を込めて囁いた。


彼女は若年にも関わらず、シチュエーションも手伝ってか、不思議な色気を発した。


これにはマリウスも驚き、即座に誤解を解いた。




「何をする気なのかは、僕が知りたいくらいですよ!」



「ほぇ?」



「これはエルイーザさんの仕業です。何を企んでいるかは知りませんが、きっとロクでもない事ですよ!」



「なぁんだ、エルイーザさんかぁ。エルイーザさん……あっ!」




ミーナも何かを思い出したらしく、暗がりで体を跳ねさせた。


認識の共有が出来たようで、マリウスはひと安心したが、まだ気を緩める事ができなかった。


なぜなら今度は別の問題が発生してしまうからだ。




「アノ野郎。ヨクもマリウス様を、手にカケやガッてェ……」



「ミーナさん?」



「許ざぁぁぁん!」



「えぇーーッ!?」




怒り心頭の蹴りが炸裂し、棚の戸が砕け散った。


その瞬間に辺りには光が戻る。


視界を確保したマリウスは、ここが屋敷の一室である事をようやく知る事が出来た。


だが、今はそれどころじゃない。


状況把握の暇が無いほどに、事態は急速に逼迫しようとしていた。




「エルイィザァァァアアーーッ!」




両手足の縛めを引きちぎったミーナが、猛獣のごとく叫んだ。


その衝撃で窓や家具だけでなく、マリウスの平常心も大きく揺さぶられた。




「み、ミーナさん! 落ち着いてください!」



「ン? あぁ! マリウス様ごめんなさい、今お助けしますから!」



「ええ……ありがとうございます」



「なんて酷い、縄が食い込んで両手にアザが出来てますよぉ……」



「本当だ。でもこれくらい平気ですよ。魔法で治せますし」



「エルイィザァァ。ブッ殺シテやるゥゥ。死すベシ。即刻死すベシィィ!」



「待ってください、ミーナさんんん!」



再び憤怒に身を焦がしたミーナが、屋敷を凄まじい勢いで飛び出していった。


マリウスは必死で追いすがるが、相手の方がずっと早い。


彼女の後ろ姿を見失わないようにするのが精一杯であった。


自我を失い暴走する少女と、どうにか制御しようとする男。


彼らは体の自由を取り戻せはしたが、ゲーム復帰までは叶わず、大陸中をさすらう事となるのである。





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