第7話 コンプライアンス
ウェスティリアを解放したリーディス一行は、次なる地『聖女神殿』を目指して進軍する。
ここは大陸で唯一、邪神の軍を退ける事に成功した拠点だ。
だが、どうにか持ちこたえているだけであり、明日にも陥落しかねない程に追い詰められていた。
解放軍は急ぎ出立し、敵の包囲網を剥がさんとする。
幕間の寸劇とも整合性を取りながら……。
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【ゲームデータのロードを開始します】
リーディスはレミールと共にリンクス大橋を渡り終えた。
荷を満載した荷車を、年老いたロバに牽かせているので、歩みは相当に遅い。
これが出張でも小旅行でもない事は、大掛かりな移動からも察せられる。
彼らは移住しているのだ。
というのも、レミールが業務で致命的なミスを犯してしまい、リンクスでの就業が不可能となった為である。
悪事は千里を走る。
彼女のトラブルは一夜のうちに大陸南部に広まり、それと同時に職と居場所を失ってしまった。
ゆえに2人は街から逃げるようにして、北に向かって進み始めたのである。
「レミール。疲れちゃいないか?」
「うん平気……ありがとう。でも、どうして?」
「どうしてって、何が?」
「だってさ。アンタまでアタシに付き合う必要無いじゃないか。顔見知りになった程度の間柄なんだから。無関係でしょ?」
リーディスは眉を潜めた。
『無関係』という言葉に、突き放すような響きがあったからだ。
もちろん彼女に悪気など無く、そして正論でもあるので、リーディスが些細な痛みについて取り合う事はなかった。
「ともかくさ、城塞都市カバヤまで付き添ってやるよ。女の1人旅なんて危険すぎるからな」
「でもアンタは南部人でしょ? そんな遠くまで付き合ってもらっちゃ悪いよ」
「モチつモタれつだ。それに一宿一飯の恩を返したいからな」
「そっか、ありがとう……。本当は心細かったんだぁ」
「気にすんなって。とりあえずカバヤまでよろしくな」
「向こうに着いたらどうすんの?」
「そうだなぁ。あそこに伝手なんか無いし、そこでお別れかな」
「うん……分かった。じゃあ、しばらくの間お願いね!」
微かに沈んだような声が、リーディスの胸の内を僅かに明るくした。
寂しがってくれた事が朗報のように感じられたからだ。
それからは会話が途切れた。
雑談しようにも互いの事は良く知らないので、話題に困りがちだ。
仕方なく、例のトラブルについて話し合うことになる。
リーディスはつとめて明るく振るまい、叱責の形とならないように、慎重に言葉を選んだ。
「それにしてもなぁ、いくら商売でも、やっちゃいけない事ってのはあるんだな。金さえ払えば何でもオッケーだと思ってた」
「一応、ルールってヤツはあるんだよねぇ……。アタシはもちろん知ってたけど、ちょっとばかし売り上げが足りてなくってさ。だからつい、ね」
レミールの失敗とは、未成年との商取引のことである。
本来であれば、武器防具類の販売は保護者の同意が必要となる。
だが先述の通り、レミールは焦るあまりに売り上げを優先してしまった。
それが事の発端である。
取引を終えてからしばらくして、保護者からクレームが入り、返品となった。
ここまでなら珍しい出来事では無いが、その商品に問題があった。
品名は『セクシースカート』という扇情的な防具であり、購入者は未成年の少女であった事から、事態は大事になってしまった。
多くの子育て世代が怒りを覚え、瞬く間に非買運動にまで発展した。
この悪評は山火事の如く広まり、王都とウェスティリアは既に居場所すら無いという有り様になる。
よってレミールは、文化圏の異なる北部へ移住することを選んだのだ。
旅路は長いが、幸いな事に2人の相性は悪くなかった。
追放者という身分であるのに、食事時も移動中も笑いが絶えない。
行きずりでしかなかった彼らの関係性が、日に日に変化していった。
それが欠けがえの無いものと自覚するまでに、長い時間はかからなかった。
リーディスたちが聖女神殿の森を通過しようとした頃。
2人の姿を凝視する者が現れた。
鋭い目線が木立の隙間より向けられる。
「ケヒヒ。見つけたぁ。愛しい人、アタシの愛しい人ぉお!」
エルイーザである。
起伏の激しい斜面の上から見下ろしながら、小さく呟いた。
彼女は屋敷の追っ手から逃れるために、森の中に潜伏していたのだが、折り悪くかつての恋人を見つけてしまったのだ。
先を行くリーディスたちは、死角にただずむ存在について気付くことが出来ない。
「隣のメスガキは、誰だぁ。アタシのリーディスを奪いやがってぇ……ブッ殺してやる。串刺しだ。ケツ穴から脳天まで槍ブッ刺して、内臓をゴミクソにかき混ぜてやるやるやるるルルル」
怖い。
エルイーザは最早ヒロインどころか、常人の括りからも飛び出してしまっていた。
狂気に染められた眼は殺人鬼、いや、血に餓えた猛獣そのものである。
気配を殺し、狂人が背後より迫る。
……だが、彼女の足が止まった。
更なる乱入者の気配を察知したからだ。
その人物は素性を隠す気など無く、エルイーザの姿を認めるなり、静かに声をかけた。
「屋敷を抜け出したかと思えば……こんな所に隠れていたのね」
「……誰だ、テメェは?」
エルイーザが後ろを振り向くと、そこには……。
【ロードが完了しました】
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画面は即時に強制移動し、聖女神殿ステージへと切り替わった。
リーディスは配下を引き連れ、包囲軍の背後を突く。
マリウスとミーナはまだ戻らない。
全ステージと同様に、物言わぬヌイグルミが代役を務める事となる。
神殿内では、三聖女が神官部隊とともに徹底抗戦を繰り広げている。
援軍を得たとあって、士気も大きく向上。
ワイプを介して、現場の熱気は逐一プレイヤーの元へと届けられた。
「チクショウ! セクシースカートさえあれば、私がダントツの1位になれたのにチクショウ!」
「アンタ、まだそんな事言ってんの? いい加減気持ちを切り替えなさいよ!」
「メリィちゃん。あれだけ説教したのに、まだ足りないのかしら?」
「ヒゥッ! 嫌ですねぇルイーズお姉さまったら。メリィは完全に弁(わきま)えてますからぁエヘヘ」
「ハァ……。本当に危なっかしい子よねぇ」
ちなみにこのステージでは、邪神軍幹部のピュリオスが初登場した。
だが、見せ場らしいものは何もなかった。
八つ当たり気味に攻め上げるメリィによって、即座に撃破されてしまったからである。
「ヌッフッフ! この邪神軍参謀たるピュリオス様が来たからにはぁ、チンケな神殿なぞ即落ちなのでぇーす!」
「チンチクリンって言うなぁーーッ!」
飄々(ひょうひょう)とした台詞とともにピュリオスは現れたのだが、そこにメリィによる怒りの秘奥義が炸裂した。
ピクセル単位で正確に位置調整され、ジャストポジションで発動。
無慈悲な多段ヒットを食らわせる事となった。
トータルコンボ数はなんと100オーバー。
一瞬の内にエリアボスのライフバーを、そして彼の出番を吹き飛ばしてしまった。
またしても友軍に手柄を奪われてしまったが、プレイヤーは気にしていない様子である。
本編よりも幕間の破天荒ぶりが気になっているからだ。
事実、クリア後での買い物には目もくれず、ボタン連打によって次の物語を紐解いた。
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