第5話 歪みの端点

順調に2ステージの攻略を果たした一行。

前代未聞の長時間ロードは、必然性の感じられない三文芝居ではあれど、幕間の劇にて場を繋ぐ事に成功した。

だがもう1つの問題は未だ手付かずである。


それはもちろん、難易度が易しすぎる点。

友軍は相変わらず優秀で、大将首を我先に奪い去ろうとする仕様については、現時点で何ら対策を打てて居なかった。


_________

_____

【ゲームデータをロードします】



馬車に揺られる2つの影。

マリウスとエルイーザだ。

あれから王都を出でて、リンクスにて一泊宿を取り、翌朝には大橋を渡った。

食事や休息時にのみ停車したので、旅自体は順調であった。



「エルイーザさん。長時間の移動、お疲れではありませんか?」


「いえ、大丈夫です」


「我が家の領地には、日暮れ前には着くことでしょう。今しばらくご辛抱ください」


「お気遣いなく」



彼の所領は大陸西部にあり、ウェスティリアの街と、女神神殿の間に位置している。

確かに現在位置からそれほど離れてはいない。

馬車による退屈な移動時間も直に終わる。

なのにエルイーザの顔は曇ったままであり、それにはマリウスも不審に思う。


揺れる車内の会話は途切れがちなままだ。

馭者には休みを命じる事なく進み、やがて領主館へとたどり着いた。



「お帰りなさいませマリウスさま! そして、エルイーザさま」



メイド長であるミーナが一行を出迎えた。

エルイーザを呼ぶときだけ僅かにトーンダウンさせており、その歓迎ぶりが窺えるようだ。



「ただいま。部屋の準備は?」


「もちろん完璧にしあげてます。ご案内いたしましょう」


「いや、結構だ。彼女と2人だけにさせてくれ」


「……わかりました」


「行きましょう、エルイーザさん」



御曹司のエスコートによって、2人は屋敷の中へと消えた。

ミーナは黙って後ろ姿を見送った。


客室の内装はというと、さすがに豪勢だった。

天蓋付きのダブルベッド、繊細な装飾の施されたドレッサーにスツール。

窓辺からの見晴らしは良く、眼下の草原には放牧中の羊や牛の姿が見える。


それらの様子を見ても、エルイーザの顔色は沈んだままだ。

マリウスは小さくため息を吐くと、客室のドアをそっと閉め、窓辺にただずむエルイーザの隣に寄り添った。



「どうです? 中々のものでしょう。我が父はこれでも国内屈指の有力者なのですよ。それら一切が、ゆくゆくは私たち夫婦のもとに転がり込んできます」


「そう、ですか」


「フフフ。私たちの未来は、幸福に彩られています。もはや邪魔者はいません」



言い終わるなり、マリウスはエルイーザの体をベッドに押し倒した。



「ああっ! 何を!?」


「観念なさい。ええと……あの男の事など、忘れさせてあげます!」



慰みものにでもするように、マリウスは荒々しく飛びかかった。

だが、純朴なる彼は、生来清純そのものである。

このようなシーンは完全に不馴れなので、『熊が獲物に飛びかかる』ようにしてエルイーザに覆い被さったのだ。

両手を挙げて『いただきますクマ』というキャプションが似合いそうな程の愛嬌があった。



「いや! やめてください!」



エルイーザは抵抗しようとした。

だが刹那、迷う。


ーーあれ。こういう時って、普通の女はどうやって拒否するんだ?


普段の残虐性が仇となり、適切な抵抗手段を見失ったのだ。

そのほんの僅かな時間が、素の彼女の出現を許してしまう。

流れるような身のこなしにより、即座にマリウスの首へと腕を絡めた。

拳は固く握り、頸動脈に強く押し当て、そのまま一気に締め上げた。

慣れ親しんだ動作が、脳を介した演技よりも素早く出力されたのだ。



「死ねやオラァ!」


「ヘムッ!?」



憐れマリウス。

一瞬のうちに気絶させられてしまった。

これには流石のエルイーザも胆を冷やした。

最終的には彼を撃退するにせよ、この時点での退場は時期尚早であるからだ。



「やべっ。やりすぎた。おい、マリウス! しっかりしろよ!」



体を揺するが反応は無い。

彼は必須の演技を終える事なく、完全に意識を手放してしまったのだ。



「マジで頼むよ! 起きろっつうの!」



激しく揺さぶるが無駄である。

状況は好転する兆しすら見せない。

そんな中、騒ぎを聞き付けたミーナが客室へと飛び込んできた。



「マリウスさま! 何かありました……」


「喰らえやメスガキッ!」


「へぶしッ!?」



ミーナもマリウスと同じ運命を辿った。

白目を剥き、口と鼻からは止めどなく汁が溢れるという、およそ嫁入り前の少女には辛すぎる醜態であった。


ひとつ補足すると、ミーナは今も尚カウンターの名手である。

だが自分の演技に気を取られる余り、エルイーザの襲撃に気づくことが出来なかった。

結果、無惨にも気絶させられてしまったのである。



「やべぇ、これマジやべぇ。どうすんだよ……」



焦燥感に満ちた呟きがエルイーザの口より溢れる。

それは懺悔の声にも似ていたが、彼女の『証拠隠滅』の動作は極めて手早いものだった。

サスペンスドラマの知能犯の如く、丁寧かつスピーディに現場は整えられた。



「……とりあえず、ここに隠しておくか」



戸棚の奥に2人の体をしまい、そっと閉じた。

そしてエルイーザは屋敷から逃げ出した。

それは同時に、ヒロインの座からの撤退も意味していた。



【データのロードが完了しました】


リーディスたち解放軍は、リンクス大橋を渡り、ウェスティリアに差し掛かった。

これまでと同様、そこは魔物によって制圧されている。

シナリオとしては、各軍が三方から街に攻める手はずになっているのだが……。



「マリウス、ミーナ、準備は良いかぁ!」



バッドステータスから復調したリーディスが、味方に向かって檄を飛ばした。

だが、返答はない。

本来なら仲間が喋る度に、画面の端に顔がワイプインする仕様なのだが。



「えっ! 何だこれ!?」



リーディスはその小画面を見て絶句した。

マリウスとミーナの代わりに、クマのぬいぐるみが2体映り込んでいたからだ。

このような仕様は設計されておらず、全編通してただの1度も起こる事は無い。


余りにも予想外の出来事に酷く狼狽した。

だが、ゲームは彼の心情を汲み取る事なく、粛々と進行していく。



「リーディス隊、突っ込めぇーーッ!」



文字通り置物と化したマリウス隊とミーナ隊は、全く戦力にならなかった。

よって、兵力は予定の3分の1だ。

当然リーディス苦戦を強いられる。

だが、元々が『難易度ゆるゆる』だったおかげで、程良い戦力比に調整された。


その結果として、僅差での辛勝を納めることとなった。

絶妙なバランス加減から、プレイヤーは相当な手応えと達成感を得るに至った。


ステージクリアの後はリザルト画面だ。

そこに遷移するなり、戦功ポイントに応じて報酬が支払われた。

お金という概念があるのなら、次に待っているのは買い物である。

所持金加算の完了後すぐに、画面には『よろず屋』が表示された。



「いらっしゃい! お兄さん、いっぱい買っていってね!」



カウンターには先日お世話になったレミールが座り、来訪者を満面の笑みで迎え入れた。

これにはリーディスも落ち着かない。

『上等な長剣』のみを購入し、すぐに退店した。



「ありがとうございまーしたー! また来てね!」



微塵の曇りも感じさせない彼女の声を、リーディスは背中で聞いて、その場を後にした。

彼はそこで小さく溢した。



「幕間のせいで、どうも調子が狂うんだよなぁ」



その声を拾う者は誰1人として居なかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る