第4話 リンクスの街で
王都を無事奪還したリーディスたちは、配下を引きつれ北上し、リンクスの街へと向かった。
その街も同様に邪神の軍が跋扈(ばっこ)しており、いたずらに住民たちを虐げている。
王国からは1軍が貸し与えられ、士気は天を突かんほどに燃え上がる。
プレイヤーも王道展開には高揚したことだろう。
だが例によって、異様に長いロード時間がスムーズな進行を妨げ、無神経に水を差すのである。
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【ゲームデータをロードします】
リーディスは、足元をフラつかせながら街を彷徨っていた。
片手には安酒の瓶。
持ち物らしいものはそれくらいしか無い。
手切れ金は食事代と、多少のヤケ酒で使い切ってしまったのだ。
ここはリンクスの街。
彼は王都になど居られないと、その日のうちに飛び出したのだ。
若さゆえの行動力である。
だがそれは、向こう見ずとも言えた。
一切の伝手が無い街で、無一文の状態で何をしようと言うのか。
傷心に沈む純朴な男には、そこまで思考が回らなかった。
「ちくしょう、金がなんだ。仕事がなんだ! 貴族がそんなに偉いってのかよッ!」
辺りはとうに日が落ちていて、宵闇に包まれている。
民家も、酒場でさえも灯りはなく、遠くに門番のかがり火が見えるだけだ。
「オレはなぁ、勇者なんだぞ! 世界を救うすんごいヤツなんだぞ! 今に見ていやがれ。オレが偉くなった頃に、尻尾振ってきても、絶対相手にしてやらねえからなッ!」
苛立ちを紛らそうとし、壁沿いに置かれていた木箱を蹴る。
だがその脚は空を切り、バランスを崩してしまう。
すっかり酔いが回っていたせいだろう。
勢いそのままに背中から地面に倒れこんでしまった。
「いってぇな、クソッ」
手を差し伸べる者など居ない。
彼は拗ねた子供のように、そのまま起き上がらずにいた。
すると、仰向けになって見えたのは、満天の星空だった。
まるで宝石を散りばめたかのような天然の美だ。
それをボンヤリと眺めていると、自然に涙がこみ上げてくる。
自分の無力さ、弱さが、やり場の無い悔しさとなって心を苛むのだ。
「どうして、こんな事になっちまったのかなぁ……。どこで間違っちまったのかなぁ」
とめど無い涙で頬が濡れていく。
そして旅の疲れか心労のせいか、リーディスは街の路地に転がったままで眠りについてしまった。
ふと目を醒ますと、辺りの様子は一変していた。
まずは寝床。
古びてはいるものの、十分に整えられた寝台にリーディスは寝かされていたのだ。
そして屋根がある。
これも安い下宿先のように、天井は低く、間取りも狭い。
上等な客室とは言い難いが、路上での雑魚寝に比べたら天と地の開きがある。
「どこだ、ここは?」
記憶をたぐろうにも、頭痛と吐き気が邪魔をして、思うように思考が回らない。
頭を抱えて不調に耐えていると、部屋の奥から声をかけられた。
「あっ。おはようさん! 寝覚めはどうかな?」
若い女が親しげな態度とともに、物陰からその姿を現した。
腰まで伸びた黒くて滑らかな質感の髪。
顔はそれなりに幼さを残している。
年の頃はリーディスと同世代くらいか。
真っ直ぐな瞳は生来の気質を表すかのようで、相手の目を射抜くようにし、視線を滅多に逸らさない。
そして体の線は細いが、所作はどこか無骨だ。
下働きの女性が持つ、独特な逞しさが感じられた。
リーディスはこの女性に見覚えなど無い。
彼は知り合いではない事を確信した。
少なくとも、記憶に書き込まれている範囲に限って言えば。
「ええと、君は?」
「アタシはねぇ、道具屋のクラリッサだよ」
「クラリッサ、どうしてオレを……」
「だってさぁ、夜中に家の真ん前で騒いでんだもん。衛兵を呼ぼうかと思ったけど、ヒンヒン泣いてるからさぁ。なんだか可哀想になっちゃって」
「それで、わざわざ泊めてくれたのか? 赤の他人であるオレを?」
「そゆこと」
女性は話途中で、朝食の用意を始めた。
小さな丸テーブルには2人分の黒パンと、暖かな山羊乳が置かれた。
当然片方はリーディスのものだが、彼は受け入れる事に躊躇した。
厄介者であるハズの自分に対して扱いが丁重すぎる、と感じたからだ。
「あの、ええと……」
「朝ゴハンだけど、要らないの? 二日酔いのせいかな」
「どうしてオレに、そこまで?」
「ううーん。深い意味は無いよ。何つうか、モチつモタれつ?」
「お金、持ってない」
「アハハ! 要らないよぉ! こんなきったない部屋で、食事だってお粗末だし」
彼女はひとしきり笑った後、パンを口に詰め込み、続けてミルクを流し込んだ。
それなりの温度があったために、飲み終えた後は少し辛そうにした。
「それじゃあ、アタシは仕事に行ってくるね。適当に飲み食いしたら、そのまま出て行っちゃっていいから。鍵も要らない、盗るものなんか無いし」
「お、おい!」
「あんまり人生を悲観しないでね。良い事も嫌な事も日替わりでやってくるもんさ。じゃあね!」
慌ただしく飛び出したクラリッサにより、扉が閉じられた。
リーディスは、そちらの方をしばらく虚(うつ)ろに眺めた。
この扉は、彼女と自分を住み分ける境界線なのか、それとも新たな世界へと誘う明確な導(しるべ)なのか。
考えたところで分かるはずもない。
思い切って扉に手をかけ、勢い良く開け放った。
【ロードが完了しました】
画面は本編へと戻され、リーディスたちは解放軍として戦う事になる。
眼前に広がるはリンクス。
増援のおかげで勢いづいており、配下たちは俄然やる気に満ちているが。
「ボエェェェェッ!」
総大将のコンディションが最悪だった。
幕間でしこたま飲んだ酒が、今この瞬間になっても彼の邪魔をする。
実害として『泥酔』というバッドステータスに冒されており、剣を振るうどころか、真っ直ぐ歩く事すら叶わない。
揺れる馬上で指揮など以ての外。
これにはプレイヤーも諦め、操作を放棄してしまう。
やった事といえば、安全地帯にリーディスを誘導したことだけだ。
それでも優秀なる友軍は、主人公抜きのままに攻略を着々と進めていく。
「門を破壊しました、突入してください!」
「メイドだからってバカにしないでください! 訓練ならたくさんやってきたんです。ホラ私はこんなにも、こんなにも!」
活気ある声が画面に響く。
だがリーディスは完全に蚊帳の外であった。
やがて、エリアボスはミーナによって撃破された。
1週目では大不評であった難易度調整も、この時ばかりはプラスに働いたのである。
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