第3話 2週目の開幕
ゲームはまず、邪神軍に大陸全土を制圧された状態から始まる。
数々の街や村は全て支配されており、住民たちは圧政に苦しめられている。
それは最南端に位置する王都といえど例外ではない。
最初のステージは都の奪還である。
勇者リーディスと賢者マリウスは周辺の男たちを引き連れ、戦場に身を投じるのだ。
だが、その前に待っているのは件のロード地獄。
2週目の今回は幕間として劇を演じるのだが、その出来映えや如何に。
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【ゲームデータをロードします】
麗らかな午後。
休日とあって、王都は買い物や食事を楽しむ住民で溢れ返っていた。
リーディスはいつものようにエルイーザを食事に誘った。
場所は路地裏にひっそりとただずむ、隠れ家のような喫茶店だ。
昼時からは少し遅れたタイミングなので、店内の客はまばらだった。
窓辺の席には、小説を片手にうたた寝をする老ウルフ。
大きめのテーブルには、虎婦人が集まり、亭主の愚痴に華を咲かせる。
カウンターには店の主である牛魔人が、店内の様子を気にもかけず、ひたすらにグラスを磨いていた。
「ごめんなー。昨日まで仕事が忙しくってさぁ。昼過ぎまで寝ちゃってたよ!」
リーディスは寝坊を詫びたが、相手の反応は薄い。
共に入店し、席に着いてからと言うものの、彼女は一度も目を合わせてくれなかった。
ーーまずいなぁ。これは相当怒ってるぞ。
婚約者の冷たい態度に激しく動揺した。
平静を装いながらも、不自然な量のミートパスタを一口で頬張ってしまう。
「ねぇ、リーディス。話があるの」
「ゴフッ! うん……なんだい?」
慌てて口の中を空にしたので、リーディスの喉は悲鳴をあげた。
苦痛のあまりに水の入ったグラスに手を伸ばす。
エルイーザはというと、そんな彼を気遣うこと無く、静かに続けた。
「……別れましょう」
「えっ!?」
リーディスにとって寝耳に水だった。
なにせ2人は将来を誓い合った中だ。
所帯を持つのに十分な稼ぎが無いため、今のところ婚姻関係を結んではいないが、ゆくゆくは……と考えていたのだ。
それが、なぜ。
リーディスの思考は混乱を極めた。
「ど、どうしたんだよ急に! 一緒になろうって約束したろ?」
「あなた……職業が『勇者』じゃない。勇気があっても、収入がほとんど無いんだもの」
「で、でも! オレが強くなったら大きな依頼も受けられるようになるんだ! 一年、いや半年。それだけ待ってくれたら……」
すがり付くリーディス。
どうにか猶予をもらおうと懇願するが、それもとある人物の登場によって遮られる。
「こんな所に居たのですね、エルイーザさん」
「マリウスさん……」
「だ、誰だお前は!」
リーディスがマリウスに問いかけると、まず
微笑みが返ってきた。
だが、そこに温もりはない。
侮蔑がふんだんに込められていることを、リーディスは直感で見抜いた。
「お初にお目にかかります。私は賢者マリウス。これでも一応、貴族の息子です」
「き、貴族の息子だとぉ!?」
「ちなみに賢者なので、出世頭でもあります」
「しゅ、出世頭だとぉお!?」
マリウスは自己紹介を終えると、静かにエルイーザの隣に寄り添った。
関係を略奪したことを誇示するかのように。
エルイーザもその動きを拒もうとはしなかった。
リーディスは怒りにうち震え、したたかに拳をテーブルに叩きつけた。
「そのお前が何の用だ! まずはそこから離れろよ!」
「あなたの事は彼女から聞いてます。その日の暮らしにも困るほどに貧しいそうですね」
「そ、それは……。まだ野草集めくらいしか仕事がないから……」
「ここの食事代も、恋人にたかるつもりでしょう? いくら彼女がお布施をふんだんに預かる身であるとはいえ、恥ずかしく思わないのですか?」
「お前に何がわかるんだ! オレだって毎日頑張ってるんだよ!」
「努力、それが免罪符になりますか? あなたはエルイーザさんに相応しくありません。見てごらんなさい、この美しさを。艶(あで)やかな姿を。さながら痴女……コホン、女神そのものです。口先だけの男が娶って良い人物ではありませんよ」
マリウス、危うく口が滑りかける。
だが流石はベテラン役者。
即刻リカバリーを果たし、進行の妨げになることを未然に防いだ。
更に言葉を畳み掛けていき、小さな失態を過去のものにした。
「ご存じの通り、彼女には病身の父親がいます。私には最先端の医療を受けさせる用意があります……が、あなたはどうです? 自分の生活すら保てないあなたが、何をしてやれます?」
「それは、それは……!」
「身の程を理解したら、2度と妄言は吐かぬように。そして、エルイーザさんの前に現れないでください」
マリウスにエスコートされ、エルイーザも静かに立ち上がった。
テーブルの上には銀貨1枚が置かれている。
手切れ金である。
あまりの仕打ちに引き留めようとしたが、伸ばした手はマリウスによって払われてしまう。
「待ってくれ、エルイーザ!」
「さようなら……リーディス」
悠々と立ち去る2人の姿を、彼はただ見つめる事しか出来なかった。
店内はすっかり静まり返っている。
窓からは相変わらず暖かな日差しが降り注ぎ、卓上の銀貨を照らし続けた。
【ロードが完了しました】
場面は切り替わり、城下町の大通りとなった。
リーディスの背後には武装した民間人がひしめき、彼を主と仰ぎ、死地へと飛び込もうとしている。
一本向こうの通りには、同じようにマリウスが別動隊を率いている。
これからなすべき事はひとつ。
これらの民兵を率い、王都を占拠する魔物たちを葬り去るのだ。
「リーディス、こちらの準備は完了しました。いつでも戦えます!」
「お、おうよ」
「初戦で緊張していますか? それは僕も同じです。気持ちを切り替えて、敵を討ち滅ぼしましょう!」
「お、おうよ!」
よくもそう簡単に切り替えられるもんだと、リーディスは感心した。
先程の演技はあくまでも別の物語。
マリウスは皮肉屋な貴族の息子ではなく、頼もしき戦友へと立場を変えたのだ。
さて、第1ステージについて反響はどうだったか。
プレイヤーはそこそこ苛ついたらしい。
その証拠に、エリアボスに対して無限コンボを叩き込み、鬱憤を晴らすようにしてクリアしたからだ。
後にリーディスは語る。
あそこまで罪悪感を覚える戦いも珍しい……と。
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