第40話 クリスマス・イブ

紫の元に戻ると彼女の両親が揃って来ていた。開口一番叱責の言葉が並ぶ。


「どうしてこんな事になったんですか? 娘をこんな目に合わしておきながら、来てみたら一人でほったらかしで、なにをしてたんですか?」


整った顔立ちの紫の母はきつい表情で、控えめながらも怒りをこめた声でまくしたてる。

若店長は深々と頭を下げる。


「………、申し訳ありません」


そう言った若店長のその続きの事情を説明するような言葉を待つように間があくが、若店長には弁解する気はなかった。

如月の名を出せばどこまで正直に彼らの事情を話せばいいか分からなくなる。出来れば隠したかった。

かといって嘘を突き通すだけの上手い嘘も浮かんでは来ない。


「何があったか言えないような事なんですか?」


突き詰めるように問いただしてくる。それでもここはひたすら謝るしかなかった。


「僕個人の事で彼女には大変な迷惑をかけてしまって、本当にすいませんでした」


頭を下げてそれだけ言うのが精一杯だった。嘘に嘘が重なっていくのだけは避けかった。


「迷惑で済ませられませんよ。何があったか言いたくないようなら、それでもかまいません。後で紫にしっかり話してもらいます。

それと、こうして怪我をしている以上慰謝料くらい請求させてもらいますからね」


「はい、もちろんそうさせていたたまきます。


一緒にいる父親がチラリと若店長の方を見てふーと鼻から息を吐いていた。初めて会う両親に第一印象からして最悪に思われたのは確かだ。

しかもその場でいきなり紫のバイトを辞めさせると言ってきた。最悪だ。この状況で反論して勝つ見込みはない。若店長はそれを受け入れるしかなかった。


病室を出る時に紫はまだ眠っていた。胸がえぐられるほどに悲しい別れになってしまった。



画家の花屋の店までの距離が酷く長かった。つい先日には紫と手を繋いであんなに早くあっと言うまに歩けていたはずの距離が途方もなく長く感じる。この手から溢れ落ちたものの大きさに愕然となってしまう。


処置室で一瞬見た紫の真っ白な太腿が血だらけになっていた映像がまた鮮明に蘇ってくる。

あの足に鋭い切っ先の刃物が向けられて……、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

紫は毎日会う信用している如月に思ってもみない暴力を受けて恐怖に震えていただろうに………、

一体どこで刺されたのか? どんな凶器で?

如月に何を言われて病院にまで来たのか?

紫はアガサみたいな同情で新田と如月を会わすだろうか?

否。


(紫ちゃんは、僕から言われた事を守ろうとして………)


以前紫が言っていた言葉

が頭をよぎる。


(優しくしてあげて下さい。そういう人だから……)


如月からの恨みや妬みを買っていたのは自分自身なのに、如月の刃の矛先は自分が愛した人、紫に向けられてしまった。

一度でも、如月の気持ちを考えた事があっただろうか? あいつは……、誰よりも新田さんを愛していた。

世界でたった一人の人を。

巡り会えるかわからない唯一の人だったのに……、会わせないようにがんじがらめにしてしまった。

それは、間違いだったのか?。

新田さんの為に、家族を守る為に、如月を寄せ付けたくはなかった。新田さんが帰る場所は間違いなく、新田ユイとカナエが待つ家なのだから。

そう、新田自身が望んだ事なのに……。

如月は新田との約束を守らなかった。


(もう、会わない)


そう約束したはずなのに。


二人の約束は表面だけのものだ。

そんな約束は毎日贈られるバラの持つ魅惑の情念がかき乱すんだよ。

バラの持つ意味合いは愛して、愛して、まだ足りないだ。


「毎日、毎日、バラを……か……。別れたのに未練だよ、こんなの……」


歩きながら考える。


若店長は画家の花屋の店まで戻ると、きぼうの庭へと向かう。


「芳樹、忙しいのにどこ行くの? あんたがいないから二人お客様帰っちゃったわよ。

おーい、芳樹」


「三分で戻るから。気持ちの整理をさせてくれ……」


百合の了解も無いまま店の奥へと向かった。


バーゴラ仕立ての枝の下にあるベンチに 若店長は頭を抱えて座り込む。泣きたい気持ちは既に遠のいていた。

今後の対応に頭を悩ましいていた。紫ちゃんの事、如月の事、バラの受け渡しの事、新田さんの事……。


(もうこれ以上誰も傷つかないでくれ。

僕たちは……、これからも生きていかなきゃならない)


そう呟いてから若店長は顔を叩くと店内へと踵を返した。クリスマスの喧騒が自分を待っている。





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