第39話 クリスマス・ローズ

若店長は紫の両親に連絡を済ませると新田の集中治療室へと向かった。


「あらっ、お花屋さん!」


新田ユイとカナエがいた。眠っている新田の横でささやかなクリスマス・パーティーを開こうと小さなテーブルの上にはすでにクリスマス・ケーキが載っていた。


若店長の顔を見るなりさっきの事件の話を振ってきた。


いつも見かける店員の女の子がいきなり病室に来て、血を流してるしびっくりしたと言い、自分が看護士を呼びに走ったと得意げに話すのでしっかりと礼を言う。


「本当にお騒がせして申し訳ありませんでした。一個人の事で新田さんにまで迷惑をかけてしまって、本当にすいませんでした」


男前の顔を曇らせて頭を下げて来られると、こっちのが偲びにくくなってくる。新田ユイとしては、彼らの間で色々痴話喧嘩みたいなものがあったなら興味津々に聞きたい所だが相手は男性でもあるし、そういった事はそれ以上何も聞かない事にした。とりあえずは当たり障りのない事を聞いておく。


「それであの店員さん大丈夫でしたか?」


「はい、今は眠ってます」


そう言って思わず若店長は新田の方を伺う。

若店長の視線に気づき新田ユイも同じように新田を見つめる。


「主人も眠ったなりです。何にも知らないままで……、薬が効いてくれれば良くなる筈なんですが……」


新田ユイがベッドの足元から彼を眺めていく。若店長は聞かずにはいられない事を口にする。


「その時、誰か……、もう一人、来ませんでしたか? それを見ませんでしたか?」


ユイが「はあ?」と声を上げる。上を向いて思い出すような仕草をして言った。


「そう……ですね、店員さん、誰かと一緒だったと思います。部屋に入って来た時にはもう一人いたような気がしますけど……。

でも、良く覚えてないんですよ。店員さんの足元見たら血だらけで、私びっくりしちゃって思わず人を呼びに走って行ったから……、戻って来たときにも誰もいなかったし……」


若店長は体から力が抜けていく感じがする。


(気づかれなかった……)


安堵と同時に如月はあの時ちゃんと新田に会ったのかと心配になる。

こんな事件まがいの事を犯してまで会いたかった人に会ってキスのひとつもして来たのだろうか? さよならの一言も言えたのだろうか?


(もっと如月に新田さんの症状を話しておくべきだったと後悔する。手術後に合併症の症状が出たが死ぬような事はないと。大丈夫だからと。そうすれば今回のような事は起きなかったかもしれない)


新田ユイ達に礼を言って病室を出ると若店長は如月の姿を探して病院内をうろついた。


(まだ、どこかにいる……、どこへ……、どこへ……)


一階から七階まで探し回ったが見当たらない。

五階に来るとアガサの部下が寄ってきた。そして、みすみす如月を通してしまった事を詫びてきた。


「アガサからは何か連絡はあったか? 携帯が繋がらないんだけど……」


「ないです、自分にも」


「だったら、バラ園か如月のアパートまで行ってくれ。何か酷い事になってるかもしれないから」


「アガサさん死んでるかもしれませんね」


冗談は抜きにして欲しい状況なんだがな、若店長は彼を睨みつけた。

慌てて階下に降りて行く彼を見送っていると足元に思いがけない人がいた。


まん丸い目がくるくると可愛いい新田の愛娘。


「えー、と、カナエちゃん。どうしたんだい?」


見上げてくる女の子の目線までしゃがみこむと若店長はにっこりと笑いかける。

何度か見かけていても如月の事があって話しかけることは極力避けてきたのだったが……。

カナエはニコニコ笑いながら思いがけない事を話しだした。


「女の人来たよ。

お花屋さんのお姉さんも妖精みたいに綺麗だけど、その人もすごく綺麗だった。

その人、パパとキスしてた。でも、パパはずっと寝てばっかりだから、すぐ帰っちゃったよ」


少しばかり凍りつく話だ。この子は如月を見ていた。しかも……、女に間違えている………。


恐る恐る問いただす。


「その話、他の誰かにした?ママとかには?」


カナエは首を振る。


「してない」


ほっとする。とにかくこの子が他に喋らないようにしなくてはいけない。が、咄嗟に浮かんでくるいい話はない。するとカナエの方が、


「誰にも話しちゃダメなんだよね」


そう言ってくる。


「だってあのお姉さん達妖精さんでしょ。人間に変身してるだけで……。元気にならないパパにキスしてくれたからきっとパパは良くなる、そういうおまじないをかけに来てくれたと思うの。

怪我をした妖精さんは途中で悪い怪物に足を切られたけどもう一人の妖精さんを守り抜いてここまで来てくれたの。

妖精さんの力をもらったからパパは絶対に元気になると思うの」


若店長はしばらく黙りこむ。一体どこから妖精は湧いて出てくるのか?


「お花屋さんの妖精さんはお花を枯らさないから、ずっとずっと綺麗なまま咲いてるんだもん。魔法を使ってるからだもん」


それは……、と花の専門家の若店長は考える。


生け花には長持ちするように栄養剤を入れ、水分が蒸発しないように防止剤をふりかけるように紫を指導したせいであり、花束は枯れる前に新しいものと取り替えているせいだ……とは今はとても言えなかった。

紫が妖精かどうかは未確認だが。


「妖精さんがいることは絶対に話しちゃダメなんだって。その力が消えちゃうから。

だからママにも絶対言わない、他の誰にも言わない。そしたらパパはきっと元気になるから」


是非そうして欲しかった。


「そうだね。誰にも言わない方がいいよ。魔法が消えないように、ね」


カナエは頷く。


「お花屋さんは妖精さんのご主人だからお礼だけ言っておきたかったの」


「あー、ありがとう。


何がなんやらわからないが礼だけ言っておく。


「だって、パパ、さっき目が覚めたんだもん。本当にありがとう」


そう言うとカナエはパタパタと病室の方へ駆けて行く。


カナエの中で出来上がっている妖精の話しはなかなか理解出来ないが、とりあえずは妖精の力のお陰で、カナエは如月の事は誰にも話しはしないだろう。


「ま、紫ちゃんが何か持ってるのは確かだけど……ね」


とりあえず新田の意識は回復したらしかった。

ひと安心……だ。


若店長は紫が眠っている処置室へと向かった。









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